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ミリタリー・軍事

韓国4;板門店

昨年9月に北朝鮮側から板門店をみた。
http://harukovsky.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-57c5.html

今年3月に韓国側から板門店をみた。
http://harukovsky.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-ddac.html

そして今年10月、また韓国側から板門店をみた。
どれだけ好きなのか?自分・・・(笑)

板門店に行く前に、まず「臨津閣」に行く。
臨津閣の説明は今年3月の訪問記を参照にしてくださいな。

前回は、満州鉄道時代の蒸気機関車を撮影するのに時間を食ったため、行けなかった展望台に登ってみた。臨津江駅〜都羅山駅にある臨津江にかかる橋がよく見える。

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対岸もまだ韓国領だが、いざ!に備えて、鉄条網が張り巡らされている。DMZ(軍事境界線)が近いためかなーり厳重。

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さて板門店(パンムンジョム)。

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前回と異なるのは、韓国側も北朝鮮側の客とほぼ同じサービスを受けられたこと。プレハブ小屋(軍事停戦委員会本会議場)を挟んで、北朝鮮側に「板門閣」、韓国側に「自由の家」が対峙して建っている。

北朝鮮側から行くと、板門閣から韓国側の写真を自由に撮れて、ここから歩いてプレハブ小屋(軍事停戦委員会本会議場)に行けた。

だが韓国側の今までは、「自由の家」からの写真は不可で、その横に立つ「訪問客用展望台」からしか撮影出来なかった。しかも北朝鮮側に客がいると、自由の家の玄関付近で待機させられた(会わせないようにした)。

だが今回は韓国側の「自由の家」から北朝鮮側の「板門閣」を撮れた。北朝鮮に客がいても問題なし。この変化には驚いた。続けて行ってみるもんですワ。

いますよ、いますよ、北朝鮮側の客がわらわらと。

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板門閣の三階(屋上)にいる客は、金日成バッチを付けていた。

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プレハブ小屋(軍事停戦委員会本会議場)に入ってみる。ここ1年間は代わり映えなし。前回は冬だったのでMPはコート姿だったくらい。

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ふと外をみると、北朝鮮側の兵士が警備に入る所だった。北朝鮮側の観光客もプレハブ小屋(軍事停戦委員会本会議場)に入るための警備。韓国側だけしか客がいなかったら、ほとんど姿を見せない。

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北朝鮮と韓国の境界線ギリギリに立つ。プレハブ小屋(軍事停戦委員会本会議場)の敷地だが北朝鮮側は土、韓国側は砂利敷きで、ラインはコンクリートブロック製。

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こうなると韓国側MPの戦闘モード体勢が頼もしく見える(苦笑)。なにせ彼の背後は北朝鮮側の出入り口だからね。

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北朝鮮側兵士の親分が「まだ客がいるのか・・・遅いスミダ」と何度ものぞく(たぶん)。そんな彼は結構男前だった☆

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歩哨とはやっぱ服がちがっていた。当たり前か。

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(歩哨クン)

「北朝鮮側の客はどんな客か?」とみたら・・・

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金日成バッチを付けたヒトが3人くらいで、他はバッチは付けていないようなので、ただの個人旅行客のようだ。バッチ族はガイド兼監視員ね。

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大満足。


板門店の“観光”が終わると、共同警備区域内(韓国側;キャンプ・ボニファス)の村(自由の村)で収穫した野菜・米を使ったプルコギ定食を食べる。

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今年の夏は韓国も異常気象で、作付面積減少や大雨や高温等による生育不良で、白菜も含む野菜全般が極端に不足した。価格は高騰したため、いつもはドッサリ出てくる副菜はちょっぴりしかなかった。

(韓国終わり)

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バンコク炎上5;サイアムスクエア〜戦勝記念塔

サイアムスクエアは、バンコク中心部にある4〜5階建て雑居ビルが建ち並ぶ繁華街。

赤シャツが集会をやっていた、セントラルワールドCTWから徒歩10分程度にある。BTSサイアム駅が最寄り駅。

飲食店、若者向け衣料、映画館、パソコン教室や塾など多種多様。ノボテル(ホテル)やハードロックカフェのバンコク店もここにある。

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サイアムスクエアに隣接する(BTS線路があるラマ1世通を挟んだ反対側)、巨大ショッピングセンターの《サイアム・パラゴン》が営業開始をしたとの報を受け、ついでに放火されたサイアムスクエアにも行ってみた。

ちなみに「サイアム・パラゴン」は、焼失したCTWの《ZEN》を経営するセントラル・グループのライバル会社(The Mall Group)が経営している。

政府側(黄色)を支援するセントラル・グループの建物は放火されたが、モール・グループはタクシン派に近い新興財閥が経営しているので、ガラスが割られた程度で無事だった。

ハイセンスなショッピングセンターでいて、中産階級にも買えるものを揃えているため、いつも賑わっている。サイアム・パラゴンが(タクシン政権時代の)2005年に完成してから、老舗のZENは集客を落としていた。ZENは2006年末に大規模リニューアルオープンしたが・・・w

サイアム・パラゴンのホームページ(音楽が鳴ります!)
http://www.siamparagon.co.th/v8/index2.php


さて、サイアムスクエアの様子・・

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ラマ1世通りとアンリデュナン通りの角にある《サイアムシティ銀行》が全焼・・

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サイアム映画館も全焼・・

タイでもっとも古い映画館・・

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映画館の隣の二ティポン・クリニック(美容クリニック)も燃えてしまった。

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放火は計画的。

燃やす建物、燃やさない建物を明確に分けている。

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サイアムスクエアで放火された建物は・・・

・サイアム映画館(館内と隣接店;全焼)
・サイアムシティ銀行
・バンコク銀行(ボヤ程度)
・Rバーガーの入っていた建物(全焼)
・その建物の脇道の中にあった店舗(全焼)


こちらは戦禍が飛び火した感のある戦勝記念塔(アヌサワリー・チャイ)。

※戦勝記念塔:タイとフランスの領土戦争でなくなった59人の戦没者慰霊塔。1941年建造。

ここには東京で例えれば「渋谷109」のような、主に地元の高校生〜大学生向けの中堅ショッピングモールの《センター・ワン》がある。化粧品や衣服、携帯電話屋、ミスドやマクド等のファーストフードや焼き肉屋。薬屋に雑貨、CD屋。定番の待ち合わせ場所でタイ人度100%だ。

センター・ワンは、ビルのオーナーが黄色シンパという説。黄色の連絡事務所だった説。センター・ワンは無関係で、隣の雑居ビルの放火が燃え移って焼失したという目撃談・・色々。

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専門家による調査では、「(センター・ワンの)壁は焼け崩れたが、柱や梁の強度に問題はなく補修工事だけで済む。取り壊す必要はない」とされた。(バンコク週報5/30記事)

目撃談によれば「火元」の雑居ビルは、外壁も天井も焼け落ちている。

ここには確か、薬のワトソンズ、充実系の本屋が入っていた記憶がある。

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PAD(黄色)は、親タクシン派「タイ貢献党」の解党を中央選管に要求した。自分たちの「空港占拠事件」は不問にして・・。アピシット首相は「88人の死者」を出したのにもかかわらず、解散・選挙の要求にも応える気配はない(鳩山首相は普天間移設&政治とカネで辞任したのに)。

タクシン政権時代のバラマキを「貧者と民主主義の味方ではなく、選挙に勝つための方便であったことは明らか」という声も根強い。でもバラマキのお陰で文盲率は減り、学問を通して「1票=政治参加の重要さ」に目覚めた。

PAD(黄色)は、自らの主義主張を空港占拠という形で訴えた。空港占拠した時、手榴弾や銃で武装していない。でも軍部はPAD(黄色)を支援していたわけで、武装する必要はない。

彼等はタクシン系建物を占拠した。これらはバンコク中心部には少ないから、BTSや地下鉄以外では一般市民にはさほど影響は無かった。ただ空港が閉鎖されたので、運輸・貿易や観光産業等は打撃を受けた。

タクシンを追い出したクーデターを「独裁政治から民主主義への軌道修正」とも見るが、軍政(スラユット暫定政権)から文民政治に移行する際の選挙も、結局、民意は・・タクシン派政党を支持した。だがPAD(黄色)は、タクシン派政党等与党3党を解党処分に追い込み、民意に反して政権を乗っ取った。

問題解決を議会ではなく、路上で解決しようとするタイ式民主主義。問題解決は貧困問題や格差問題とかではなく、司法の偏り・政治体質にあるように思える。


そして帰国日前日も、時間短縮されたとはいえ、まだ夜間外出禁止令(24時から午前4時まで)が出ているというか、延長された。※現在は解除。

翌朝5時55分発のデルタ航空成田行きに乗らなくてはならない。

24時から外出禁止令発令ということは、24時までに自宅等にいなければならない(朝4時まで)。通常なら朝4時に空港に行けばいいのだが、そうするとホテルを朝3時に出発・・・・ダメじゃん。

じゃあ、夜に行けばいいか、となるが・・・
バンコク中心部から空港は40〜1時間強はかかる。
タクシーにしても24時までに帰宅となると・・

中心部を21時過ぎに出なくてはならない。
あの寒い空港で7時間強も過ごす・・w

空港までの道は、驚くほど空いていた。
最短時間更新・・w

24時の空港;出発ロビー前の写真・・

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車の1台もいないっ!

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帰宅できない運転手(空港至近のホテル専用送迎車も含む)は、こちらで仮眠をとるようだ。

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とぱっちりを受けた我ら、出発客は・・

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寒かったっ(涙)

アピシット首相がさっさと「解散・総選挙」を宣言すれば、こんな目に遭わなかったのにぃ。

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バンコク炎上4;CTW〜ルンビニ公園付近

(バンコク炎上3‥からの続き)

バンコク都内中心部、ラチャプラソン交差点付近(BTSのチットロム駅近く)に建つ、セントラルワールドCTWは、経済発展するバンコクの象徴的な巨大建物のひとつ。

55万平方mの敷地に、タイ資本の《ZEN》と日本資本の《伊勢丹》の2つのデパート、デパートに挟まれるように《セントラルワールドプラザ》という名前の飲食・小売店、映画館・ボーリング場、タイ最大の免税店(DFS)等が入居する、全長300横長の巨大ショッピングセンター。日本食や紀伊國屋書店(伊勢丹部分の最上階)も入店している。

2006年7月、それまでのワールドトレードセンターの名前を「セントラルワールド;CTW」に変えて、リニューアルオープンをした(伊勢丹&紀ノ国屋は従来のまま)。

今回、赤シャツの残党による放火は、セントラルワールドのうち、南端に位置する《ZEN》のゾーンのみだった。南端から半分が延焼しているが、北側の伊勢丹も紀伊國屋書店も無傷。

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(伊勢丹側=北側から、ZEN=南側をみる。中間に建つ楕円形の突起物=イングランドの旗‥から先が燃えた)

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(CTWの南側;楕円形の突起物から左が燃えた。右側が伊勢丹)

なんと申しますか、赤シャツに2ヶ月も居座られて営業できなかった果てに放火で全焼。ZENの経営はセントラルパタナ(CPN)。保険をかけていたようだが、全額弁済されるのか?

野次馬にボランティア清掃員・・・混沌。

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BTSのチットロム駅の方向から、CTWのZEN側(南端)を見る。

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もともと頑強な造りではないビルに、プロパンガスやダイナマイトをボンボン投げ込んだためか、一部が崩落している。

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BTSのサイアム駅方面にまわってみた。

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ラチャダムリ通りを南下してみる(ルンビニ公園方面に)。

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ラチャプラソン交差点にある「エラワンの祠」はもちろん無事。一連の放火は黄色(政府派)の支援者関連施設を狙ったものなので、これを放火するはずもない。ただ、2006年3月に精神を煩ったタイ人ムスリム男性が、エラワン像を壊した直後から、時のタクシン政権が傾き始めた・・という曰く付き。

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BTSのラチャダムリ駅は、階段と券売機が燃やされたり壊された程度。

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ルンビニ公園近くの激戦地は、焼け焦げたものが目立つ。

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(表側も裏側にも銃弾の後があるが、治安部隊が撃ったものっぽい)

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ルンビニ公園とはラマ4世通りを挟んだサラディーン交差点に建つ、高級ホテルのドゥシタニ(ラマ4世通とシーロム通の角)。

多くのジャーナリストが泊まっていたようだが、治安部隊による強制排除の直前、交差点を挟んで反対側にあるチェラ大病院に移された。このホテルには地下秘密基地があるらしい。

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よく見ると・・・

5月16日夜、M79擲弾が2発(17階と21階)撃ち込まれた跡が。

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またドゥシタニホテルの隣のビル(シーロム通り沿い)には、自動小銃の弾痕が残っていた。

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バンコク炎上3;CTW付近

今回のバンコク騒乱の発端は、今年2月26日にタクシン元首相の個人財産の一部(凍結資産約760億バーツ)、464億バーツが不正蓄財と没収との判決が出たことによる。

法学者5名が連名で批判声明を出す、不可解な判決内容だった。

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(出典→http://sankei.jp.msn.com/photos/world/asia/100226/asi1002262316010-p1.htm

赤シャツ(反独裁民主戦線;UDD)はこれをきっかけに3月14日から、王宮前広場にて大規模な反政府集会を行う。赤シャツ支援者から集めた金で、主にタイ東北部からタクシン派農民などがバンコクに集まった。

スローガンは「ソンクラーム・チョン・チャン」=階級闘争。

要求は【即時の下院解散・総選挙】だ。

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(写真出典→
http://sankei.jp.msn.com/photos/world/asia/100322/asi1003222223002-p1.htm)

デモの初期段階ではデモ参加者から採血して、その血を首相府周辺にばら撒いたり、丸坊主になって意志を現す程度だったが、政府は無視した。

赤シャツのデモ隊は次第に行動がエスカレートしていく。バンコク都内中心部の大通りは、大量のデモ隊の行進で度々麻痺した。

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(写真出典→
http://sankei.jp.msn.com/photos/world/asia/100320/asi1003201327001-p2.htm

4月3日より、セントラルワールドCTW周辺(ラチャプラソン交差点付近)での路上集会が始まる。日本で言うと東京の銀座のようなところで、BTSチットロム駅が最寄り。

タイ最大、アジアでも何番目かに大きいこのショッピングセンターのCTWがあり、ここの南端にタイ資本の高級デパート;ZEN、中央に小売りの集合体を挟んで、北端に伊勢丹が入っている。

デモ隊の道路選挙で、その周辺の商業施設やホテルは、営業休止に追い込まれる。

CTW前には、ビアガーデンやイベントが出来る広場があるので、集会には向いている。

さらにここは黄色(政府派)の支援者の影響が強い地域(タクシン政権を崩壊させたクーデターの影の首謀者とされるプレム枢密院議長と関係が深い)。赤シャツがここを占拠すると、彼等に経済的損失を与えるという目的もあるらしい。

やがて赤シャツは、デモ隊をCTW周辺(ラチャプラソン交差点付近)と、ラチャダムヌン通りのパンファー橋(ボートの西の発着場;バンコクで1番高い山プー・カオ・トーンの麓)2会場で抗議活動を開始する。


最初の武力衝突がおきたきっかけは、親タクシン&UDD=赤シャツ系衛星テレビ局ピープルズ・テレビジョン(PTV)の信号が遮断されたことから。赤シャツ幹部数人が国会内に入って逮捕される。これで一気にヒートアップ。

4月10日、政府は赤シャツデモの強制排除を行い、ラチャダムヌン通りのパンファー橋では激しい武力衝突がおきる。この過程で日本人カメラマンを含め死者21人、負傷者850人以上が出た。

再び赤シャツは、デモ隊をCTW周辺(ラチャプラソン交差点付近)に集約する。

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(写真出典→http://www.newsclip.be/blog/photos/img/27135_mainimg.jpg

大きなステージをつくり、デモ参加者の意志を高める演説を行ったり、飽きさせないよう生バンドのカラオケ大会(ディスコ化)などやっていた。

全世界の赤シャツ支援者向けのホームページは、その様子を生中継(笑)
http://www.uddthailand.com/

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(のちに放火・崩落するCTWのZEN前にて。写真出典→http://www.newsclip.be/blog/photos/img/27135_img03.jpg)

ここから近いシーロム通りにあるバンコク銀行本店をも目標に定め、集会に適したルンビニ公園までのを占拠する。

こうして赤シャツのデモ隊は、北はプラトゥナム市場があるペップリー通りとラチャダムリ通りのラチャプラロップ交差点から、そのままラチャダムリ通りを南下、ルンビニ公園とラマ4世通りのサラディーン交差点等、その他、数カ所を占拠する。

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(写真出典→時事通信のwebから)

政府は赤シャツの活動資金が、タクシン一族の企業から出ているとして何社かの資産を凍結したが、効果はなかったようだ。デモ隊はますます先鋭化していく。


5月5日頃、アピシット首相は「11月14日の総選挙を含む和解に向けた5項目のロードマップ」を発表。しかし肝心の与党(黄色)からの「解散・選挙をすると勝てない」等と賛成を得られず、赤シャツからも突き返された。

赤シャツは「治安担当ステープ副首相が、4月10日の強制武力排除の責任を取って警察に出頭・逮捕されれば、ラチャプラソン交差点占拠を解散する」と提示する。

今度は政府側は「今年11月14日総選挙の話はやっぱ撤回する」といい、本日(5/12日)デモを解散しなければ、強硬な対応をするぜ」と警告。

さらに「CTW周辺(ラチャプラソン交差点)の電気・水道などのインフラをストップ。携帯電話の電波もストップ、食べ物の供給も絶つ」と宣言。

タイ国軍は赤シャツデモ隊占領地区を包囲する。デモ隊も大量の古タイヤを組んでバリケートを完成させる。

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(てもり氏撮影)

だが軍にも警察にもタクシン派がいるわけで、タクシン派が占拠する地域への差し入れはほぼ自由。電気はないが水は消火栓から供給できていた。

そんな中、赤シャツの武闘派司令官とも言われるセー・デーン陸軍少将(休職中)が、海外メディアとのインタビュー中に頭部を狙撃される。

以後、軍と小競り合いが続き、非常事態宣言発令が発令される。ルンビニ公園に面するドゥシタニホテルに2発のロケット推進擲弾が撃ち込まれる。

セー・デーン陸軍少将は17日朝に死亡。この日、政府はCTW(ラチャプラソン交差点付近)他を占領している赤シャツに対して強制排除を通告。

Map
(出典→http://www.th.emb-japan.go.jp/jp/news/100518map.pdf)


軍と治安部隊による赤シャツデモ隊強制排除は5月19日の朝。

早朝、サラデーン交差点(ルンピニー公園)に作られた赤シャツデモ隊バリゲードを、軍の装甲車が突破したのを合図に始まった。各地では事実上のゲリラ戦が続く。銃撃戦やらタイヤを燃やす黒煙がバンコクの空を覆う。

昼過ぎ、赤シャツのリーダーのひとり;ナタウット氏が「終了・投降宣言」して、デモ隊は解散する。

戦闘の模様は、boston.comの写真がスゴイ。
http://www.boston.com/bigpicture/2010/05/protests_turn_deadly_in_thaila.html

15時頃、赤シャツデモ隊の居残り者が、CTWにプロパンガスやダイナマイト等を放り込んで放火。続いてサイアムスクエアのサイアム映画館等も放火される。黄色派放送局チャンネル3、クロントイの発電所等も放火される。CTWのうち、《ZEN》は8階まで火が上がり、深夜に崩壊した。

(誰かが作ったyoutube)

5月19~20日未明、戦勝記念塔(アヌサワリー・チャイ)の若者向け雑居ビルのセンターワンとその隣のビルが焼失する。CTWのラチャダムリ通りを挟んで反対側にある大型スーパーのBig-Cも放火された。

放火されたのはおよそ34箇所(16件は銀行)で、いづれも反タクシン派が関連する建物である。暴徒が放火・・・ではなく計画的な放火に思われる。

・セントラルワールド(伊勢丹を除く)
・サイアムスクエアのサイアム映画館と一部の商店
・ラマ4世通りのテスコ・ロータス
・バンコク銀行の支店
・カシコン銀行の支店
・クルンタイ銀行の支店
・サヤームシティー銀行の支店
・首都電力公社クロントゥーイ事務所
・戦勝記念塔のセンターワン
・ディンデン地区のセブンイレブン
・タイ証券取引所(SET)ビル
・テレビ局チャンネル3・・・・・などなど。

※銀行はタクシンの資産を凍結している。

ちなみに国際社会はタイ政府には批判的。なぜこのような事態に発展したのか、よく分析している。

5月17日に国連のピレイ人権高等弁務官が、赤シャツデモ隊と軍の衝突で多数の死傷者が出ているタイ情勢について声明を発表を無視したことも非難される対象のようだ。

(政府が設定した赤シャツの占拠地域からの撤退期限が過ぎたことで「状況が制御不能に陥る危険性が強い」と指摘し、これ以上の犠牲者を出さないため、双方に実力行使の自制や話し合いによる事態打開を求めた)

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さて・・・

バンコク滞在3日目の5月23日。

まだ外出禁止令は出ているものの、テレビを見ていると、大勢のボランティア清掃員がCTW周辺(ラチャプラソン交差点)に集まっている。

ネットをみるとボランティア清掃員を募集していた。

ちょっくら、行ってみるか!

幸いにも511のバスがすぐ来た。試しにCTWに隣接する「プラトゥナム地区」の名を車掌に告げて20バーツ札を出したら、問題なく切符と釣り銭をくれた。

行けるじゃん。

511のバスは東バスターミナルに行くやつで、ペップリー通りをプラトゥナムのラチャプラロップ交差点で右折、ラチャダムリ通りのCTWの前を通り、(デモ隊メインステージ付近)ラチャプラソン交差点で左折、ラマ1世通りをBTSに沿って東へ・・のルート。だがラチャダムリ通りが通行止めなので、そのままペップリーを東へ進むルートに変更されていた。

プラトゥナムで降車し、車両通行止めのラチャダムリ通りには、野次馬やらボランティア清掃員がわらわらいた。

いつもはバスやタクシー、乗用車で身動きがとれないほど混雑するラチャダムリ通り。ああ、こんなに広い通りだったんだぁ。

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(プラトゥナム交差点からラチャダムリ通り、デモ隊メインステージ付近=ラチャプラソン交差点をみる。右手に放火されたCTW、左にBig-Cがある)

センセーブ運河を渡り、CTWに近づく。

ふと左をみると《ドラゴンシーフードレストラン》のみ、消失。周囲の建物は全くの無傷である。放火された店と放火されない店があるのが不思議。

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CTWやBig-Cの手前で、ボランティア清掃員が道路掃除をやっている。5/21あたりから軍の管理から離れたため。バスもBTSも5/22あたりから時間の制約はあるものの、概ね平常運行。

2ヶ月に及ぶ赤シャツの籠城で、道路は生活臭もゴミもすごい。さらに木や竹のバリケードの残骸まである。

タイの2チャンネル(pantip.com)も清掃を呼びかけていたようで、かなりの若者が参加していた。身なりの良い若者が多いので、彼等は反タクシン派かもしれない・・?

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ヒマだしただの野次馬では悪いので、私も清掃活動に参加した。

渡されたのはバケツにご家庭用台所洗剤他。これで道路を洗う(苦笑)。 参加者に聞くと、この道を洗うのは3度目。とにかく臭いと炭化したものが取れないと言う。

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清掃以外にも自家用車で乗り付けて、お弁当や飲み物を無料で配っている人も大勢いた。

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差し入れはボランティア清掃員だけではなく、交差点を警備する兵士にも。水や食料の他、何故か花などの差し入れが届く。

タイはお布施文化が根付いているせいなのか、タイ国軍兵士はどんどん受け取る。

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CTWの、ラチャダムリ通りを挟んで反対側に、大型ディスカウントストアーの《Big-C》がある。経営はCTWの《ZEN》と同じセントラルグループ。

《ZEN》が放火されたなら、「同じグループのBig-Cも放火されるか?」と思っていたところ、19日の未明に放火された。8時間燃えて鎮火とか。

正面玄関、商品搬入口が激しく焼けたようで、外装は煤だらけ。横からみると2〜3階部分のガラスが内側から割れているので、館内全体に回ったようだ。

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(つづく)

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バンコク炎上2;外出禁止令

タクシン派(反政府派)に治安部隊が突入した5/19以降、バンコク都内には夜間外出禁止令が発令された。

私がバンコクに到着した前日、タクシン派(反政府派)デモ隊(赤シャツ=UDD)が武力制圧された。

武力制圧された日から翌日にかけて、赤シャツ残党分子による(今から思えば計画的な)放火事件が相次いだ。この日はバンコク中心部には行かず、空港近くのホテルに宿泊した。

その翌日(つまり武力制圧の翌々日)、(バンコク中心部の)カオサンに行くのに乗ったタクシーの運転手は、英語が話せる赤シャツの活動家だった。

赤シンパの外国人客に感動した赤シャツ運転手は、わざわざ、通行止め嵐な地道(一般道)を行ってくれた。

運転手から「いかに現政権がひどい政治をしているか」篤く訴えられ、逆に様々な質問を受ける。

その中で「何故、国連は、我々(赤シャツの)の仲介役要請を断ったのか?」と問われたが、「現政権のアシピットが正式に断ったから」としか答えられなかった。本当にそうだから。

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ディンデーン交差点の交番

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香ばしいですワ。

写真は放火が相次いだ戦勝記念塔広場に行く陸橋。ここまでタクシーで突っ込むアナタはえらい。陸橋下の各種ボックスは軒並み放火されていた(意図はあるらしい)。


夜間外出禁止令中のカオサン。

場所は王宮広場やタマサート大学に近い。1泊100〜700バーツ(三百円〜二千円以下)の宿や欧米人が喜びそうな飲食店が密集している地域。いつも節約型旅人で賑わっている。

カオサンに着いた日は、21時~5時までの夜間外出禁止令が出ていた。翌日から23時〜4時に緩和されたが・・・w

写真の時間はなんとまだ「19時半過ぎ」のカオサン。

各店は19時~20時きっちりで閉めて、閉店と同時に従業員及びオーナーは帰宅する。

だが帰宅ラッシュの時間は、タクシーもトゥクトゥクもほぼいない。何故なら彼等も外出禁止令の発令時間までに帰宅しなければならないから。勇気ある運ちゃんは少数いるものの、その少ないパイにすがりつく必死な人々・・w

聞いた話では、ナナとかのゴーゴー街の交差点は、帰宅難民のゴーゴーガールが溢れていたらしい。

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ちなみに昼間もパラパラしかいないカオサン。タイ人ばかりが目立つ。

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ファラン(西洋人)の多くは、帰国か島か近隣諸国へ逃げた。

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バンコク炎上1:能書き

タイは、2006年のタクシン首相追放なるクーデターを発端に、政治対立が続いている。

歴代、実際に政治を主導しているのは、エリート層(官僚・軍人、特権階級の保守層)であり、地方の農民は軽視され続けた。そして主たる支配層の多くが中華系タイ人。農民のほとんどが土着民族である。さらに欧米社会では考えられない司法の判断の偏りも目立つ。

タイが政情不安定な主な理由は(インドより酷いと言われる)所得格差である。

所得課税と資産課税のバランスが著しく悪い。しかも福祉政策はお粗末だ。選挙をやっても「農民の1票」は軽い。選挙は地域有力者がカネで集票する金権選挙だ。歴代政権は利権まみれ。軍のエリート層は、国王の名の下に権力と富を拡大した。タイの政治や経済は「中華系タイ人」が握っている。

そんな中、タイの東北部チェンマイ出身の元警察官僚で中華系(客家系)タイ人のタクシンが台頭した。商才のあるタクシンは1代で財を成す。タクシンは従来の金権選挙とは異なるマニフェスト選挙戦を行い、2001年に政権をとった。

タクシンは、タクシノミックスと呼ばれるバラマキ政策を行う。

市区町村単位まで大量の公的資金を投入。各地区町村に基金を創設して低金利融資を可能にしたため、草の根の経済開発と内需拡大に成功した。医療面では30バーツ(約百円、屋台の1食分)で全ての病気を診察してもらえるようにした。かなり山奥の田舎にまで学校をつくったため、文盲率は激減した・・等々。

おそらく多くの国民が、経済的に余裕が出てくれるにつれ、「今まで権力は、なんと不平等だったのか」がわかったのだろう。

ただタクシン政権派良いことばかりではなく、不正献金・所得隠し疑惑、麻薬一掃作戦の事実上の失敗、南部イスラーム勢との対立、どさくさに紛れて政敵を抹殺したり、独断専行的な政治運営に批判的なメディアへの露骨な介入・・・支持が拡大するほど傲慢になり、反民主主義的姿勢が目立った。

そして2006年にタクシン一族が保有する会社の株売却疑惑を機に、バンコクでは首相の退陣を要求する市民集会が度々起きる。

中心になったのが「民主主義市民連合;PAD」。

支持者は都市部中間層やタクシンと対立する旧保守層、背後に王族や軍がついているとされる。これが黄色シャツ集団と呼ばれる反タクシン派である。黄色は国王の誕生曜日の色だ。国王の権威を借りたつもりだろう。

反政府派=反タクシン派(黄色)と治安部隊との衝突がおき、反タクシン派に死者が出ると、その葬儀にフミポン国王妃や王族が葬儀に参列した。以後、国民は「国王はともかく王族は反タクシン派だ」が定着する。

同年9月、民主改革評議会(ソンティ大将、サプラン大将、ルアンロート大将、コーウィット警察大将)は、タクシンが米国に外遊中、無血クーデターで全権を掌握。タクシンを追放した。

タクシンのタイ愛国党は「総選挙での買収」を理由に憲法裁判所から解党命令の判決を下された。以後、タイの司法は旧来保守層に偏った判決を連発する。 

約1年後、軍政(暫定政権)から文民政治に移行する総選挙を行う。

またもやタクシン派政権が勝ち、2008年2月にサマック内閣が発足する。これに反発した反タクシン派は、PAD=黄色シャツ集団を中心に反政府集会を繰り返し、首相府占拠へと戦術をエスカレートさせ、タクシン支持派勢力との衝突する。

彼等はサマリックのテレビ料理番組への出演を違憲行為と訴え、憲法裁判所はサマリックを失職させた。しかし後任のソムチャイ首相がタクシンの義弟とあって猛反発。今度はバンコクの2つの空港を占拠する。

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写真の出典→http://ameblo.jp/suvarnabhumi-airport/image-10201020899-10120472091.html

前後して憲法裁判所は、タクシン派連立与党(ソムチャイ政権)に対して、重大な選挙違反を理由に与党3党に解党命令を下し、幹部を政界から追放したため連立政権は崩壊した。

こうして国民に民意を問う総選挙がないまま、逆に政権を乗っ取った形で反タクシン派の民主党を与党とする連立政権が誕生。民主党党首アピシット党首が首相に就く。

反タクシン派(黄色)による空港占拠は、容疑者の訴追が未だに行われていない。2010年2月のタクシンの財産一部没収の判決も、法学者5名が連名で批判声明を出している。

タクシン派政党は、特に北部の農民の熱烈な支持を受けて3回も選挙に勝ったのに、旧保守勢力(反タクシン派)から様々な手法で引きずり降ろされた。

2009年になると、タクシン派(反政府派)は、総選挙が行われず就いたアピシット政権の退陣を求める集会をバンコクで度々行う。

中心になったのが「反独裁民主統一戦線;UDD」。支持者は都市部下位層や農民、背後に一部の軍人がついているとされる。これが赤色シャツ集団と呼ばれるタクシン派である。

まずASEAN国際会議を中止に追い込んだ。2010年2月のタクシンの財産一部没収判決を受けて、2010年3月中旬より、タクシン派(反政府派)=赤シャツは、解散・総選挙を求めてバンコクで集会を行い、これが今回のバンコク市街地占拠、そして武力衝突に続いた。

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写真の出典→http://www.thailande-fr.com/wp-content/uploads/2010/02/reds0210-18-r.jpg

だが騒乱後のアピシット政権は、「国民間の経済格差の是正」を発表している。ちょと待て。

今回のデモ参加者のうち、4月上旬のソンクラーン迄に帰郷したのは「農村貧困層」だったが、ソンクラーン以降もデモ参加したのは「都市部に住む下位層/農村部の中間層」とされる。

つまり今回の騒乱でタクシン派(赤)は、「政治的な不平等」を問題にしているのであって、「経済的な不平等」を問題にしているのではない。ダメだな、アピシット。彼は経済バカであって、政治的手腕はない。

今回の動乱では、王室は沈黙を守っている。


タクシン派は、農民の支持を受けて3回も総選挙に勝ったのに、旧保守勢力から様々な手法で引きずり降ろされた。

いま総選挙をやれば、やはりタクシン派政党(赤)が勝つと言われている。政権与党(黄)は選挙をやりたくない。

選挙結果を受け入れないタイの特異な民主主義。

タクシン派も反タクシン派も主張は議会ではなく、路上で行った。出来るだけ早く総選挙を行い、民意(特に地方の声)を政治につなげないと(議会政治の成熟)、この国は修復できないだろう。

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富士総合火力演習総合予行8/25編

夏〜秋は軍ヲタネタ満載で忙しい(笑)

陸上自衛隊の実弾演習が無料で見学が出来る《富士総合火力演習》がやってきた。今年は8/25の総合予行から行くことにした。因みに本番は8/30なんだが、内容はほぼ同じ。防衛大臣他のおエライさんが来るか来ないかの違いかな。

朝8時くらいにJR御殿場駅に行くため、朝5時起床。

あ〜、まだ暗いのね。

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寝ぼけ眼なハルオさんに「バイバイね〜」と別れを告げて家を出る。

JR御殿場駅には8時前に到着。

8/25の総合予行は残念ながら、臨時バスは出ない(8/27と29および30は出る)。バスが出ないというのを知らなかった人が多くて、バス停前でウロウロ多数。タクシーでは自然と相乗り。タクシー代は3,200〜3,500円位なので頭割りは助かる。

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うわぁ〜!

空いているっ!
(さすがにVIP席至近のスタンド席はかなり人がいるけど、前面シート席なんてパラパラだわ)

本番(防衛大臣他が来る日;今年は30日)なんか、G1開催日の競馬場並の大混雑だもん。いやー、平日はいいねっ☆

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陸自のブラスバンドの演奏。
かなり上手い。

10時になり総合火力演習が始まる!

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航空自衛隊のF2戦闘機が2機、会場上空を「偵察飛行」と称してアクロバティックに2周。

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いちお軍事演習なので司令部あり。

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(司令部・・らしい)

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総合予行が始まったばかりなためか、パラシュート効果では目的地に降りられなかったり、戦車の急バックではあやうく後ろの戦車にぶつかりそうになったり、アナウンスは噛むし、結構、初々しかった(笑)

もっちろん、30日の本番も行きますって。

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横田基地日米友好祭2009☆2日目

日曜日も放置プレーを予感したハルオさん。

大好きな綿棒ちゃんで遊ぶも・・・・

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「ボクはおうち(ケージ)には帰りませんよ」なる態度ムンムン。


バレとるがな・・・w


そいや2週間くらいハルオさんの体重を量っていないことを思い出したので、やっとの思いで捕獲して体重を量ってみた。

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94グラム。

問題なし(^∀^)

それにしても・・・
必死で逃げまくったため、口がハアハアしてまんがな。

ハルオさん疲労困憊ゆえ、そのまますんなり(不本意にも)ケージにお引き取りいただきましたとさ。

さて横田基地日米友好祭2009☆2日目

2日目は展示飛行機が自基地に帰還するため、オットも一緒に行く。オットの目的は巨大輸送機C17AとF22とAFNのブース。

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AFNとはAmerican Forces Networkのことで、いわゆる米軍放送のこと。10年くらい前まではFEN(Far East Network)と呼ばれていた。軍人軍属とその家族向けだが、東京にある我が家ではAM 810kHzで受信できる。

生きた英語が学べるラジオ放送なので、子供の頃から聴いていたのは東京出身のオットも同じ。放送内容は音楽(リクエスト制の番組もあり)、ニュース、基地内での案内、天気予報など。

米軍は伝統的に共和党支持なので、オバマとかクリントンのおばちゃんとか、あまり褒めない(笑)

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ズラーッと並んだ戦闘機を横目に見ながら・・・

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(日米共同開発F2)

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(F4)

このF4は、2009年3月に沖縄の那覇基地(南西航空混成団)から、茨城の百里基地へ転籍されたもの。南西航空混成団は今までスクランブル(対領空侵犯措置任務)をF4で行っていた。

「近隣諸国への配慮」という呆れる理由で時代遅れのF4で任務遂行していたが、失うモノのない自民党は(笑)は・・・

「尖閣諸島や日中中間線での海底資源問題等もあるし、超やりたい放題の中国に遠慮しないでガンガンやっちゃお」と、百里基地のF15第204飛行隊を投入してスクランブルに当たらせる(正確には入れ替えというか転籍)。

改めてみると・・いままで、こんな老体でスクランブルをやっていたんだねぇ・・・。サッカーで例えると、名選手だった釜本(1944年生まれの65歳)がまだ日本代表でやっているようなもんだろう。


さて・・

本日も大人気なF22

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「どこぞ高いところから、F22の上を写したいなぁ」と思って見渡すと・・・

巨大輸送機C17Aが目に入る。

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考えることは皆一緒で、C17AからF22を撮影しまくっている。隣のC5ギャラクシー輸送機のタラップ(コックピットに入れるが1時間近く並ぶ)からもF22撮影が・・。人気やね。

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これはC17Aから撮ったもの。
背中はちょっとしか見えないなぁ。
残念。


展示飛行とは別に、C130定期便が到着。

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よくみると、運ちゃん等が手を振っている(笑)


さて、15時から始まった帰還の為の飛行だが・・・

自衛隊のF2やF4ファントムが飛び立ち、

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他、自衛隊の輸送機やらヘリコプターが去り・・・

米海軍岩国基地所属の艦上戦闘機F/A18も轟音たてながら去っていった。

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あれ?

F22は?
(F18、F16、F15、C17AとかC5は?)

情報通のカメラおじさんがポツリと「米空軍機は明日、飛ぶらしいよ」。


ぐぁーーーーーーーんdown


「何しに2日目に来たんだ?」と呟くオット・・・


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アメリカ代表【ハンバーガー】

一昨年よりパテが小さくなっていたw

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日本代表【佐世保バーガー】

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日米交流。
佐世保バーガーと米ミラービール(2L)

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滑走路脇誘導路でタコスサラダを食べる。

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これも定番なステーキ。
なーんか、旨いんだなup


それにしても今年の横田基地の混雑ぶりは凄かった。

読売旅行とかのツアーで来ていた客も多数いたし、やっぱF22効果なのか、2日目の人出が尋常ではなく、グッズも食事も早々に無くなる有様。なかなか体力を使ったYO

さて明日は、自衛隊の年に1度の大行事【冨士総合火力演習】の予行演習がある。もちろん行ってきまぁ〜うす!


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横田基地日米友好祭2009☆1日目

今日と明日は、東京は福生市にある米軍横田基地の公開日。

横田基地は輸送中継基地として機能しているだけなので、本来は戦闘機とかない(C130ハーキュリーズ、UH1Nヒューイー、C12ヒューロン)。友好祭の時は、日本各地の米軍基地や航空自衛隊から「応援部隊」が飛来してくる。今年はF22が沖縄は嘉手納基地から飛んでくるらしい。

・・・てなわけで、この方(とオット)はお留守番。

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パパと仲良くね〜♪


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戦闘機や輸送機がズラーッと並ぶ光景は壮観だっ!

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所属基地の特製Tシャツやワッペン等を売る。

この売り上げは、この日の夜に繰り出す「六本木」での遊行費にあてるそーだ(米軍兵に聞いた)。六本木には横田基地発六本木行き往復の《貸し切りバス》で行くとか(笑)

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F4ファントム・・・
今年も老体に鞭打ってよくぞいらした(笑)

航空自衛隊もひっそりとワッペンなんかを売っていた。

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今年の目玉!

F22(ラプター)

マルチロール機で、高いステルス性とスーパークルーズ能力がある。アクティブ・フェーズド・アレイ・レーダーを装備しているので、約250km先の物体を探知出来るとか。実戦経験はないが、模擬戦闘では「F15相手に100戦以上無敗」だそうな。

日本の本土、初お目見え!

自衛隊が本当に欲しかったヤツ(・・らしい)

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すっかりお馴染みになった巨大輸送機;C17A

米空軍の主力輸送機で、どでかく重たいM1戦車も搭載できるのに、ひとまわり小さいC130輸送機なみの短距離離着陸も出来る優れもの。

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C130といえば、自衛隊小牧基地からイラク派遣で実際に使われたC130イラク型も参戦。小牧基地からクウェートのアリ・アッサーレム空軍基地に飛び、ここを起点にイラク各地へ飛行した。

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少し灰かかった青の塗装は砂漠対策用。離着陸はミサイル攻撃から身を守るため、螺旋状に高度を上げ下げして行った。

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この怪しげな飛行機は、E3セントリー早期警戒管制機(AWACS機)

胴体の上に付けられているレーダードームは邪魔じゃないんか?と思って聞いてみたんだが、全く影響なしとのこと。ほぉ。電磁波を発生させるレーダーを装備しているため、窓はほとんどない。

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おいおい・・・w


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スリランカ3;タミル人のヒンドゥ寺院+まったりハルオさん

代わり映えのない1日だった。
波風がたたないのはいいこと・・・としておこう(笑)

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オットの肩でマタ〜リと、ハルオさん。

オットの自宅療養(敗血症+肺炎)は今週で終わるそーで。ハルオさん、うーんと甘えちゃいなさーいっ☆

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ハルオさんの綿棒マイブームは続く・・・


スリランカの続き。

スリランカの宗教比率は、仏教が70%(大半がシンハラ人)、ヒンドゥー教が15%(大半がタミル人)、キリスト教が8%、イスラム教が7%だそうな。スリランカの多数派シンハラ人の大多数が仏教徒だからか、新旧を含めた仏教寺院が多いが、少数派も信仰は守られている。

タミル人は、インドから渡ってきて土着化したタミル人の他、英国植民地時代に農奴として移住させられたインド系タミル人がいる。植民地時代はタミル人は優遇された。

だが・・・

1948年、スリランカは「セイロン」として独立した(1972年にスリランカとなる)。議会選挙でシンハラ人が多数派となり、タミル人は1948年「セイロン市民権法」で公民権を、1949年「国会選挙法」では選挙権を失ない、1956年にはシンハラ語が公用語となる。スリランカは仏教国として確立していき、1978年制定のスリランカ民主主義共和国憲法では『仏教に至高の地位を与える』という条項を残している。

タミル人の一部は、抵抗運動《タミル・イーラム解放のトラ/LTTE: Liberation Tiger of Tamil Eelam》を結成、四半世紀にわたる内戦が始まる。

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タミル人が建てるヒンドゥ寺院は、南インドのドラヴィダ建築様式。ゴプラム(塔)にヒンドゥ教の多くの神様が飾られるのが特徴。

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高地に住むインド系タミル人は、今も農奴的な生活を強いられている。

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茶畑の中にもドラヴィダ建築様式のヒンドゥ寺院がある。

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土着系タミル人の多くは、北部及び東部に住んでいる。植民地時代にインドから連れてこられたインド系タミル人の大多数は、高地の茶畑で従事している。いづれも生活は貧しい。

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2009年5月、内戦はいちおう終結した。

これを祝して、『スリランカ政府軍がLTTEの最後の本拠地を総攻撃して内戦を終結させた』みたいなことが書かれている段幕が、国中に貼られていた。

今回の掃討作戦では、スリランカ政府軍の軍資金は「中国政府」から出たと言われる。中国はインド洋周辺国に勢力拡大をはかりたいし、願わくばスリランカ北部に拠点を設けたいのかもしれない。インド政府は、南インドのタミル人がLTTEに関与することを恐れ、支援には消極的だったといわれる。

スリランカ政府軍は、LTTEの最後の拠点;北部ムライティブ海岸線に追い詰め、民間人にも重火器を向けた上、LTTE指導者プラバカラン議長親子を殺害した。この戦闘でLTTE支配地域に住んでいた約30万人のタミル人は難民となり、スリランカ政府が用意した難民キャンプ(バブニア)で、政府軍の監視下で厳しい生活を強いられている。

内戦の原因となった《タミル人への差別》は解消されていないので、新しい指導者が誕生して組織が再結成されれば、また内戦は始まるかもしれない。

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