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上海日記;老街

昔からの街並みが残り、日常的な生活をしている場所を《老街》と呼ぶそうな。

上海は約170年前までは漁村だったが、1842年の南京条約(アヘン戦争)で条約港として開港して、英仏の租界地になって以来、栄えた。1920年代から1930年代の上海は、中国最大の都市として発展。中国金融の中心となり、上海は「魔都」あるいは「東洋のパリ」とも呼ばれた。

上海はこの当時の民家が多く残っていたが、1978年の改革開放政策、1992年以降の高度経済成長で政策による大規模な不動産開発で、今や高層ビルが林立する街並みに変貌している。

そんな中、幸運にも立ち退きにもあわず、昔ながらの生活が出来る街並み=老街がある。地図を見ると細い路地が張り巡らされた場所が老街。

私が行ったのは預園の南、黄浦江と地下鉄8号線に陸家浜路に挟まれた大きめな区画のうち、イスラームのモスク(小桃清真寺)がある一画。


復興東路と河南南路の交差点の南西角にある、小桃清真寺(奥)と小桃清真女寺(手前)。かつては周囲もゴチャゴチャした町だったがモスクの東は整備されて公園になった。

小桃清真寺(奥)は男性専用のモスク、小桃清真寺(手前)は女性専用のモスク。

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1998年頃はこんな景色だった。

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それがこんなに整備されてしまった。

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綺麗なんだけど、人工的な公園は生活感が無いんだよね。


復興東路から庄家街・曹市街・学前街と南下してみた。ほとんどが1920年代に建てられたもの。瓦が古さを現している。

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老街の家には、トイレと風呂はない。トイレは区画毎に1つある(公衆便所)。

老街に住む人々は日中はともかく寒い日や夜は、室内で《馬桶》と呼ばれる「おまる」で用を足す。翌朝、公衆便所に捨てに行き洗って乾かす。かつては木製の馬桶だったが、ホウロウ製の方が乾かす手間など扱いやすいため主流になっているそうだ。ポリバケツは軽過ぎて不安定なので、馬桶には向いていないらしい。

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(中央の灰色の建物が公衆便所)

これがホウロウ製の馬桶。

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日本で言えば、昭和の長屋・・・

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老街の民家全て、台所は家の外に設置されている。
だから調理も皿洗いも屋外でやる。

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生活は決して豊かには見えないが、人々の表情が実にいい。

大規模なマンションの一画に作られた公園で休んでいる人々とは明らかに違う。マンション生活は快適だろうが、日々返済に追われていたり、買い換えしたくても買えずに我慢して住んでいるとか、色々な問題はあるらしい。

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ぽちっ・・・ありがとうございますっ☆

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コメント

いやあ、上海老街レポート、出色の出来ですね。
ますます上海に行きたくなりました。3月までは忙しくて行けそうもないし。
できれが船で上海に行きたいですね。

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