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南ドイツといえばフッガー家

ドイツの列車に乗ると・・・

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(ICとかICE)

あ、こっちではなくて、南ドイツの快速列車に乗ると、車体に "Fugger-Express" と書かれている。そのフッガーの話。

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フッガー家は16世紀、アウクスブルクを拠点に国際的商業(遠隔地間商業)・金融業で活躍した南ドイツ最大の商人。近代西洋史では必ずお目にかかる文字。

フッガー家の始祖ハンスは織工。15世紀初め、田舎から南ドイツはバイエルン州アウクスブルクに拠点を移して商人になる。そこそこ成り上がり、家を長男と次男が後を継ぐ(のちに分家)。長男はパッとしなかったが次男(ヤーコブ二世;1459〜152)は、生業の香料や絹および羊皮製品を取引きの傍ら、銀鉱山に目をつける。

ヤーコプは、ヴェネチア(イタリア)との戦争で負けて、多額の賠償金でクビが回らないチロル地方の大公に融資する代わりに、大公が所有する銀鉱山の経営権を所有した(完済するまで)。ハンガリーの銅鉱山も手に入れ、金と銅の独占販売に成功する。

ルネスサンス期の欧州の貨幣経済の発展もあって、短期間に莫大な利益を得る。

その資金を封建諸侯、カトリック勢力(神聖ローマ皇帝やローマ教皇庁等)に高利で貸付けて(商業高利貸資本)さらに富を築く。1511年に神聖ローマ帝国の貴族に列せられた。

神聖ローマ帝国やローマ教皇庁などカトリック勢力は、教会の改装費などを捻出するために、貸付人のフッガー家と相談して「贖宥状」の販売を行った。「贖宥状を購入してコインが箱にチャリンと音を立てて入ると霊魂が天国へ飛び上がる」との宣伝に人々は群がり、贖宥状の販売金額の半分が借金返済のためにフッガー家に入った。

1519年の神聖ローマ皇帝を決める選挙では、スペイン王カルロス1世(ハプスブルク家出身;スペイン人ではない)がフッガー家から多額の金を借りて諸侯を買収。選挙に勝ち、神聖ローマ帝国力ール五世と名乗る。

こうして次男ヤーコブの代で、ルネサンス期の国債金融資本家として地位を確立し、カトリック勢力や王侯貴族をバックにした大富豪になる(一時はヴェネチアのメディチ家を凌駕する栄華)。

フッガー家が繁栄していた時代につくられたのが、アウグスブルク市庁舎。オリジナルは1615〜20年に造られ、ドイツ・ルネサンスの最高傑作といわれた建物。第2次世界大戦で破壊され、現在の建物は当時の建物を忠実に再建したもの。

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1階のロビーは地味だが・・

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3階のホールは・・・

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金ピカ・・金ピカ・・

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(壁の人物画は、だまし絵)

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寄せ木細工の地味な部屋もありますが・・

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大航海時代が始まり、商業の中心地は欧州大西洋側都市(リスボンやアントワープ等)に移る。先の神聖ローマ皇帝での融資返済が縁でスペイン王室に食い込む。

ヤーコプの甥のアントーン時代のフッガー家は、初期の商業・鉱山・高利貸しから、ハプスブルク家とスペイン王室への貸し付けに偏るようになる。最大貸付先のスペイン王&神聖ローマ帝国カール5世は、大航海での船団、度重なる戦争を連続してやった。

だが三十年戦争(1618〜48)で敗れて西ヨーロッパの領土の大半を失い、ドイツに対する統治権も無くなって神聖ローマ帝国は事実上終わりを告げた。スペインの財政破綻でハプスブルク家は支払い停止、新大陸(アメリカ大陸)からは廉価な銀の大量輸入され、フッガー家は立ち直れない程の巨額の損失を出した。

こうして17世紀末にはフッガー家も栄華が終わるが、現在も家は存続している。

フッカー家の屋敷は、アウグスブルクのマクシミリアン通りにあるが、非公開。市庁舎同様、第二次世界大戦後の再建。フッガー銀行の持ち物。

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(真ん中の横長の家)

ヤーコブ・フッガーは慈善家でもあり、フッガーライと呼ばれる貧困者向け住宅を建て、1年で約0.88ユーロで貸している(現在も同金額)。貧困者でキリスト教徒であることが入居の条件。敷地内には教会もあり、ここでは住民は「フッガー家の繁栄」も祈らされていた(笑)


アウクスブルクでフッガー家に代わって栄えたのがシェツラー家の分家リーベート。金や宝石の取引で財を成す。フッガー家同様、ハプスブルク家に資金貸し付けており、女帝マリア・テレジアから貴族の称号を賜るが、フッガー家やそれ以前に栄えたヴェルザー家ほどではなかったらしい。

神聖ローマ帝国マクシミリアン1世も宿泊した貴族の屋敷を買い取って大改装。1770年にシェツラー宮殿を完成させた。

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やたら部屋がある。

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この部屋の扉を開けると・・・

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そこは・・・

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ド派手な「祝宴の間」

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細密ではないけど、色々な細工が凄いです。

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ここにはハプスブルク家のマリー・アントワネット(女帝マリア・テレジアの娘)が、フランスに嫁ぐ道中に立ち寄っている。なんでも落成式の主賓だったそうな。

現在は州立絵画館(17〜19世紀の絵画)とドイツ・バロック美術館(宗教画)の絵が展示されている。

なおシェツラー宮殿修復工事では、ロボット制作会社KUKAが参加している。


アウクスブルクには、モーツアルトの父レオポルトの生家がある。

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(赤い家ね)

なおレオポルトの祖父は大工頭で、フッガー家の社会事業住宅フッガーライに住んでいたそうだ。


アウクスブルクの路面電車

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駅前ホテルチェーンのInterCity Hotelに宿泊すると、市バスや路面電車の無料券をもらえる☆

(つづく)

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ぽちっ・・・ありがとうございますっ☆

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コメント

chickMichael Yamadaさま
はじめまして。
ああ、確かに、確かに。
ご指摘ありがとうございました!

Kukaは日本のロボット製作会社ではありません。ドイツの会社です。

chickみっくさま
西洋史とか日本史とか興味あるのでついつい、濃くなってしまいました。ヤーコブは子供がおらず、その遺産相続とか今の遺言状(相続)のモデルになったり、高利貸しは商経論で論じられたりと、なかなかのネタでした。

chick白髭さま
ティッセン家?

つぎはティッセン家の解説もお願いします。

いつも思うのですが、話の内容がとても濃いですね。
ちょっとした海外旅行でガイドさんの話聞くより濃密な感じ。
フッガー家のお話は世界史には出てくるけど、資料集でもこんなに細かいとことまではちょっと。
なので、とっても面白かったです。^^

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