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インド旅行1;マドラス〜トリチー

成田空港からシンガポールへ。

ここで旨んまいもの食べながら、整然とした街を散歩。プラナカン文化が残る街並み、日英軍戦跡やら天然温泉。ちょっくらマレーシアはジョホールバルに行ったりの楽しい2泊2日。

出発から3日目になろうとする深夜、ようやく南インドはマドラス(現チェンナイ)に到着するわけです。それでもインドだけで8日間滞在する。

P1000221

今回のインド行きの主旨は「オットの留学時代のクラスメート&ルームメイトのP氏の長男の結婚式参列」だけど、一連の結婚式に参加するのは2日間のみ。

残り実質4泊5日は小旅行にあてるが、クソ暑い時期+南西海岸地域はモンスーンゆえ、実はあまり行く所がない。

インドは、暗黒度とか邪悪度から言えば、断然、南インドが旅しやすいんだけど、再訪したかったハンピ一帯(カルナータカ州)は8月はモンスーン地域だし、ハイダラバード(マディヤ・プラデーシュ州の州都)は多く住むムスリムがラマダーンに突入・・・

ということで、モンスーンだけでも避ける意味もあって、南インドは東海岸タミルナドゥ州を南下することにした。行きやすさ等‥考慮して、

◎要塞都市;トリチーTrichy(ティルチラパッリ Tiruchirappalli)
◎ラーマ・ヤナの舞台;ラメーシュワラム Rameswaram

・・・の二カ所に絞った。

ラメーシュワラムはかつてインドはマドラスに住んでいた時に行ったことがあるが、トリチーは交通が便利すぎて、逆に行きそびれていたところ。リベンジですね。


マドラス到着は深夜になろうとする時間。P氏が出迎えハイヤーを用意してくれた上に、P氏の父方の伯母宅をひと夜の宿に提供してくれた。

伯母宅は、マドラス中心部のエグモア駅の北のやや高級住宅地にある。

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この家は二女の家。二女の夫は1970〜1980年代に東京は高輪に住んでいて、日印交易の仕事をしていた。その夫と死別して伯母はマドラスに戻る。どういう経緯からか不明だが、現在は伯母=3姉妹とメイドだけで住んでいる。インドの中産階級以上の家は、バス・トイレ付きのゲスト用部屋が数室あるが、この家もそうだった。

P1000222


エグモア駅から昼のマドゥライ行き急行列車に乗る。

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(19世紀末頃、インド植民地時代に建てられた駅舎)

A/C車両は満席だったので、エアコンなしの普通車二等車両(指定席)でいく。広軌車両とは言え、直角シートで1シートに3人掛けは辛いが、バスより速く到着するので我慢であるぞ。

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指定席に座ると、「Japan? Korea?」と英語使いのインド人客が話しかけてくる。「Japan, from TOKYO」と言うと「Goooood !」と定番の挨拶(笑)

ここは南インド。北インドの英語使いとは明らかに違って、こちらの「空気」を読みながら控えめに話しかけてくる。知的好奇心旺盛な南インド人ゆえ、インドの政治・経済・芸能一般等や国際情勢もよく勉強しているようで、何を聞いても的確に応えてくる。すばらしいッ!

途中駅では売店もあるし車内販売もある。退屈するヒマはない。

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しかもインドの列車トイレとは思えないほど、使い方がマトモ。

P1000634

なんたってブツは散乱することなく、臭いもほとんどナイ。北インドの惨状を思えばこれは奇跡である。ほんと・・南インドは“民度の高い”のう。

まあまあ快適なうちに5時間半が過ぎて、ほぼ定刻通りにトリチーに到着。

(つづく)

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