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北朝鮮旅行9(板門店/板門閣)

北朝鮮に来て5日目の朝。

いよいよ板門店(韓国との軍事境界線DMZ-DeMilitarized Zoneにある板門店エリア)に行く。ここに行きたくて、馬鹿高いツアー料金を払ったくらいだもの。北朝鮮旅行のハイライトですワ。

平壌の高麗ホテルを朝8時半過ぎに出て、高速道路(平壌・開城高速道路)で一気に板門店に行く行程。帰路は開城によって昼食&観光だった。

相変わらず通行量の少ない快適な高速道路を南下する。平壌〜開城間は約160キロで、1992年4月に完成した。無料なので料金所もないが照明もガードレールもない。極めて少ない走行車を見ると多くがトラックだった。時折、人が横切ったり歩いていたり、路肩でしゃがんでいる姿も見受ける。

この高速道路は片側2車線と、平壌〜南浦高速道路の片側3〜4車線よりは狭く、中央分離帯と路肩には(基本的に)街路樹が植えられいるが、平坦がずーっと続く部分の中央分離帯は白線のみになる。これは韓国の高速道路も同じ。

この高速も路面はコンクリート製。平壌〜南浦間の高速道路より丁寧につくられている。有事の際はここは滑走路になるのかもしれない。制限速度はないが凹凸があるので、ぶっ飛ばすことは出来ない。

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★後半に続く‥‥★
↓↓↓

平壌市と開城市の中間地点にあるドライブインでは、土産物や梨が売られていた。建物の3階には瑞興茶房というレストランが入っているが、予約がない限り閉店しているとか。ドライブインはここしかない。

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梨は日本の20世紀梨のような食感。
素朴でかな〜り旨かった。

2時間も走ると開城市に入る。

板門店はここから更に8キロだそうで、途中、平釜線(京義線)をまたぐ。この線路の少し先に孫河駅・鳳東駅、北朝鮮側の最後の駅は板門駅になる。2007年12月、韓国側の最後の駅である都羅山駅と北朝鮮側の板門駅は再開通したが(定期貨物列車のみ)、1年で休止した。

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高速道路とは離れるが、しばらく線路と平行する。

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板門店に近づくと右手に、南北経済協力の象徴である《開城工業団地;開城工団》が見えてくる。

ここは開城中心部から約10キロにあり(韓国ソウルから約60キロ)、板門店(韓国との軍事境界線の北方限界線)からは僅か1キロにある。2000年8月に南北歩み寄りの象徴としてつくられた。

現代グループが韓国の金大中政権(続く盧武鉉政権)と組んで、金剛山観光事業・開城工業団地開発などを行った。いわゆる太陽政策の一環。真の目的は「北朝鮮は現体制を維持してもらうため、適度に援助して崩壊させない」とも言われる。

1973年8月、韓国大統領候補だった金大中が日本滞在中、韓国中央情報局KCIA工作員によって拉致される事件が起きる。金日成主席は韓国政府を激しく避難。以降、金大中は親北&左派になったされる。現代グループの創始者の鄭周永は北朝鮮出身の韓国人。

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北朝鮮が土地と労働力、韓国が技術と資本を提供している開城工業団地では、2004年末より軽工業(縫製・化粧品の容器)や金型部品の生産を始めている。工業団地内は北朝鮮の法律が適用されているが、実質的な運営は韓国側がやっているためか、ファミリーマートとかあるらしい。

工業団地内の韓国企業の工場はおよそ100、4万人以上の北朝鮮人労働者が働いているらしい。韓国企業は労働者1人あたり約55.125ドル(社会保険等を含めると約75ドル)を北朝鮮政府に支払っている(労働者へ直接し払われる金額は不明)。北朝鮮への支援は現代グループと観光経済を逼迫させた。

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2008年2月に韓国の大統領に就任した李明博氏は、北朝鮮への支援のあり方を見直すことを表明したためか、北朝鮮側はこれを「南側の対北敵対姿勢」と捉え、列車往来の中断、韓国企業の社員の一時拘束、4倍もの賃金引き上げ(協定では年5%と決められている)、地代引き上げを要求している。

開城市内を過ぎると検問が何カ所もあるが、ガイド兼通訳兼監視員氏が書類を差し出すと、我々日本人は尋問すらなく通過できる。この付近では、道路や線路に対戦車防御用の通称《戦車止め》と呼ばれるコンクリートの塊が設置されている。

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ちなみに韓国側の方がはるかに塊の量も設置数も多く(塊内にダイナマイトが仕掛けられているとかいないとか)、実戦用だ。

どちらが侵略する側(問題を起こす側)かと言えば、秘密のトンネルを掘ったり、板門店から脱北する軍人がいたり、海から侵犯な上陸したりするのは北朝鮮側だから、とも言う。


さて、いよいよ板門店エリアに入る。


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板門店エリアでは、朝鮮人民軍の軍人(将校クラスか?)が同行して説明をする。

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(板門店エリアの図;現在地は中央やや左よりの下)

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(板門店エリアの図;上半分が北朝鮮、下半分が韓国)


実は以前、韓国側から板門店を訪れたことがある。

韓国側のピリピリとした緊張感はすごい。

韓国側が催行するツアーでは、まず「誓約書」にサインさせられる(何があっても国連軍および韓国軍は責任を一切負わない‥等々 )。見学可能国籍者や服装規定・行動規定等をとても細かく制限している。

北朝鮮、アフガニスタン、パキスタン、イラン、イラク、キューバ、リビア国籍者は見学不可。韓国籍や中国籍などは参加制限国に指定されているので、事前審査承認が必要(日本はOK)。

服装に関して言えば、「北側は私達を望遠鏡で観察していますので・・・」という理由で、襟付きシャツ、GパンはOKだが穴が開いていたり色あせたGパンは不可。望ましいのはスラックス等の長ズボン(又は膝程度のスカート)、靴でなければならない(紐付きサンダルでさえ不可)。飲酒も不可ね。

板門店エリア内の諸施設をまわる際、乗ってきたバスを降りて《国連軍のバス》に乗り換えなければならないし、パスポート&カメラと双眼鏡と貴重品以外の持ち込みは、傘でさえ禁止されている。撮影するにも撮影可能・不可能な場所多数。


・・・がっ!


北朝鮮側は、驚くほど自由なのだ。

のんびりムードと言った方が正しいかも。

服装規定なんかナーシ。
(ビーサン、Tシャツ、短パンでもOK)

北朝鮮に入国できる者は国籍問わず。外国人観光客には常にガイド兼通訳兼監視役が同行するので、勿論、見学可能だ。北朝鮮籍の者は通行証とか公民証と軍の許可があればOK(通行証を取るのが大変らしいが)。誓約書なんかナイ。

板門店エリア内の諸施設をまわるのは、乗ってきた車(私物満載でも)でOKなんだな。しかも撮影はほとんどノーチェック。軍人撮影もまあまあ容認されている。動画もOK!

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さぁて出発だっ☆


板門店エリア入口で、欧州人の団体(トレードフェアで来ていたそうな)と一緒になる。他、日本の朝鮮中高級学校の修学旅行生の団体もいたが、別行動だった。

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まず《停戦会談会議場》に行く。

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我々(欧米や日本など)は、書物や証言等で朝鮮戦争および停戦は・・・

「1945年8月、朝鮮半島を支配していた日本が敗戦した。その時既にソ連は北緯38度戦あたりまで朝鮮半島を占領していた。米ソの話し合いにより“今の38度戦を境に、日本軍の武装解除を北はソ連に、南は米国やらせた”。

12月には、“朝鮮半島は米ソ中英による5年間の信託統治”という米ソ中英によるモスクワ協定が決定する。1948年には北は共産主義国家、南は資本主義国家として“独立宣言”をする。

南(韓国)は失地回復論で、北(北朝鮮)は共産主義革命を目的に主張、一触即発になる。ソ連の強い支援がある北朝鮮は中国の支援もあてこんで“韓国への侵攻”をソ連に持ちかけるが、ソ連は難色を示し“中国の許可があればOK”と言う。中国はOKするが支援には消極的だった(らしい)。

1950年6月25日、北朝鮮は中ソに超適当に説明して、“宣戦布告なし”に北緯38度戦を武力を持って越境した。この奇襲攻撃に韓国は大混乱に陥り、一時は、釜山以外の朝鮮半島は北朝鮮が制圧した。ソ連は重火器を始めとする武器弾薬他の支援、軍事顧問や戦闘機ミグ15のパイロット、医療部隊など派遣。中国は人民志願軍(義勇軍)を派遣した。

しかし同年9月に国連が介入して、韓国側には西側16カ国で編成した国連派兵軍が参戦。一進一退をつづけ、翌年1月からは北緯38度戦での攻防になり泥沼化した。

度重なる押し合いへし合いの戦闘で、韓国も北朝鮮も戦争どころではないほど疲弊していた。(北朝鮮の後ろ盾の)ソ連の停戦提案に双方乗る形で、1951年8月に最初の休戦会談が開城で開かれた(2回目以降は板門店)。停戦ラインや捕虜問題を巡って双方有利な条件で停戦しようとしたため、停戦協定が2年間模索された。その間も航空戦と局地戦が続けられた。

そのうち意地を張っていた米ソの指導者が相次いで交代。米国は停戦に応じない頑固な韓国の李承晩を説得してようやく停戦にこぎつけた」

・・・との知識だが、


北朝鮮では・・・

まず朝鮮戦争のことを「祖国解放戦争」と呼ぶ。

「1945年に米国が南朝鮮(韓国)に傀儡政府をつくり、朝鮮戦争が勃発する前日までの間、南は5,150回の組織的な武力挑発を行う。元と言えば、日本が朝鮮を侵略したからこんなことになったのだ。

1950年6月、米軍事顧問官の指揮により、南朝鮮国軍が北緯38度線全域にわたって不意の攻撃を開始した。さらに米国は米国の傀儡である国連を使い、国連軍を不法に組織して朝鮮戦線に投入。国際法で禁止されている細菌・化学兵器まで使用した。しかし朝鮮は、中国人民義勇軍部隊との連携で朝鮮を守り抜く。

偉大なる指導者金日成将軍は、朝鮮半島を完全制覇できる力があるのに朝鮮の人々を思い、お慈悲で休戦を決意なさった。

米国は北朝鮮と停戦協定する場所は、北緯38度線上のテントでやりたいと主張した。北緯38度線上であれば米軍が負けたことにはならないし、負けたことが恥ずかしいのでしょう。早く調印をやって終わりたいためテントを主張した。

北朝鮮側は開城でやることを23回主張した。

偉大なる金日成将軍は北朝鮮側の軍事ライン内に、僅か5日間でこの協定調印式場をつくられた。隣の停戦の談判(会談)は435回行った。休戦協定調印式が終わるや否や、米国は国連旗も忘れて逃げ帰った」・・との解釈だ。

米国が朝鮮戦争を引き起こした。
米国は停戦協定後も南北分断を固定化させるため悪知恵を働いている。

・・・と、米国が全て悪いそーです。

※ソ連ゴルバチョフ書記長による公文書公開で、「朝鮮戦争は北朝鮮が始めた」と明確に否定されている。またソ連邦崩壊によりソ連(ロシア)との関係が冷え込むが、2000年にロシアのプーチン大統領が訪韓して関係改善される。
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停戦会談で使用されたテーブル(位置もそのまま‥らしい)、北朝鮮と国連旗、署名する時に金日成が使用した万年筆や米軍(国連派遣軍)の小銃等の武器類、写真等が展示されている。

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なお韓国(初代大統領)李承晩は、停戦協定を不服として調印式に参加しなかった(あくまでも北朝鮮に攻め込みたかった)。これについても北朝鮮の案内役の軍人は激しく罵倒していた。

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《停戦会談会議場》の前は、畑が広がっている。

板門店エリアの韓国側にも、野良仕事は20時(23時消灯)という制約ながら、約二百人が生活している大成洞という村があるが、こちらはその北朝鮮版でギジョンドンというらしい。

韓国からの板門店ツアーでは、この村のことを宣伝村と呼び、「あの村のマンションは見せかけのもの。誰も住んでいません」と説明されたが、目の前で農業に勤しんでいる人々は確認できた。ここに住んでいるかどうかは不明だけど。

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世界一高い国旗掲揚塔(北朝鮮)、高さ160mだと。

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再度、車に乗り込み《軍事停戦委員会本会議場》に向かう。


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《軍事停戦委員会本会議場》に入る直前に、金日成主席が書いた文字を写した花崗岩の大きな石碑に案内される。

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案内役の朝鮮人民軍の軍人が「偉大なる金日成主席は、米国によって分断された朝鮮を統一するために生涯を捧げられた。そして亡くなる直前にこの地を訪れました・・・」みたいなことを熱く語り、ガイド兼通訳兼監視役氏が更に熱く通訳する。

だが、我々日本人も欧州ツアー諸君も、目の前に半分だけ見える韓国側の《平和の家》を早く見たくて仕方ないので、実はほとんど聞いてなかった(失笑)


そして・・・

板門閣の横から・・・

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(板門閣の正面玄関な車寄せ)


キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ !!!!!
キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ !!!!!
キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ !!!!!


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おお、これぞ板門店だっ☆


韓国側の《平和の家》と呼ぶビルの手前にある、青い平屋の建物《軍事停戦委員会本会議場》に向かう。軍事境界線ですワ。

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青い建物は国連が建てたもの、白い建物は北朝鮮が建てたもの。観光客は青い建物にしか入れないらしい。韓国側のツアーだと「2列に整列して入るように。会議場の外での写真撮影」とか言われるけど、こちらは全くの自由というか、お気楽そのもの。

私達の車を運転してきた運転手まで「観光気分で」ついてきた。

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室内に入る。

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おお〜!

室内は韓国側から見たのと(数年前と)ほとんども変わっていない。
(設備ではエアコン、随行員の椅子も全て革張り椅子になったくらいかなぁ)

今回は北朝鮮側から訪問なので、警備はすべて朝鮮人民軍の兵士。韓国側の兵士(MP;国連軍に出向している韓国軍兵士)は全く姿を見せない。でも逆の時は建物の外から室内をのぞき込む朝鮮人民軍の兵士がいたんだけどなぁ(ツアコンから“目を合わせないようにっ”と言われた)。

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説明している朝鮮人民軍の軍人の前にあるマイクスタンドを境に、奥が韓国側、手前が北朝鮮側だ。マイクのコードがないのでわかり難いが、これが国境になっている。北朝鮮側のツアーがここを使うときは北朝鮮国旗のみ、机に置く。韓国側のツアーの時は国連旗のみ、置く・・・というのがわかった。

この議場内だけは唯一、北と南が自由往来できるが、韓国側ツアー客と北朝鮮側ツアー客は一緒に入れない。時間が決められていて、相互に入るシステムになっている。

窓から外をみると、朝鮮人民軍の兵士だけが軍事境界線を守っている(立っている)。さすがに北緯38度戦を現す縁石のようなコンクリート板の北朝鮮側ぎりぎりにいる。縁石を挟んで北朝鮮側はコンクリート、韓国側は小さい粒の砂利敷きだ。

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(韓国側に向かって右側の窓からみる)

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(韓国側に向かって左側の窓からみる)

韓国側からのツアーで《軍事停戦委員会本会議場》に入ると、黒いサングラスで目の動きがよくわからないようにしている韓国側の兵士(MP;国連軍に出向している韓国軍兵士)が中でも警備しているんだが、彼等は肩幅に足を開き、脇を開くようにして腕を軽く曲げて指はグー(テコンドーのポーズらしい)のポーズを崩さない。

韓国側の兵士は蝋人形のように微動だにしない。
かな〜り不気味だったりする。

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(韓国側催行ツアーで行った時の写真;身長は全員175cm以上で英会話OKがMPになれる条件のひとつ)
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朝鮮人民軍の兵士は、中国の公安のような出で立ちだが、あんなに指先まで揃えて起立しているわけではない(多少ユル〜く立っている)。外で立ち番している兵士は、北から南へ駆け込もうとする人がいないか、監視しているような感じだった。過去に亡命事件があったからねぇ。

室内を警備する兵士と一緒に撮影したり・・と、これは韓国側のツアーも同じ。違うのは韓国側だと「兵士の前に立ってはいけない。テーブルの上に触れないで」だが、北朝鮮側にはそんな決まりはない。好きな立ち位置で自由に撮影している。

※《軍事停戦委員会本会議場》では、南北軍事問題が協議されていたが、1976年の板門店事件(ポプラ事件)以来、行われていない。


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念願の《板門閣》に入る。

1969年9月に建てられた板門閣は外見と違って、中は総大理石でかなりゴージャス。でも閑散とした感じがあるのは北朝鮮の建築物共通。売店も食堂もない。

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3階に上がりテラスに出て板門店エリア全体を眺める。

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そういえば韓国側から板門閣を見た時、北朝鮮側の観光客がいて「手を振っていた」っけ。

その時はツアコンが「ただ今、北朝鮮側の客がいるので、ここで待機してください。絶対に北朝鮮側には手を振らないで下さいっ!指を差さないで下さいっ!ゴラァ」ときつく注意されたなぁ。


「韓国側の皆さぁ〜ん」って、笑顔で手を振ってみる。


何のお咎めもない(笑)


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たぶん・・・韓国側のツアー客は寿司詰め状態でスモークガラス越しに、北朝鮮側の板門閣でバカやっている客を睨み付けていることだろう。すまん・・・

動画で撮ってみた。


動画で撮ろうが、大声で喋ろうが、自由。

北朝鮮側が自由って、なんか変かも(笑)

上から見ると、北朝鮮側の板門閣の前のアスファルトと、韓国側の平和の家の前のアスファルトの舗装の違いがわかる。北朝鮮側は深刻な亀裂が何本も入っているが、韓国側はフラットなんだな。


韓国側の平和の家の右の円形に、韓国が「宣伝村」って呼んでいる、北朝鮮側の村の居住者用マンション(韓国は廃墟と主張)があり、その奥に開城工業団地が見える。

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そうそう、韓国側のツアーでは「平和の家」からではなく、脇にあるこの(瓦屋根の八角形の)ショボい展望台から北朝鮮側(板門閣など)を見たなぁ。

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(韓国側の展望台から見た、北朝鮮側の板門閣)
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たーっぷり堪能後、板門閣裏(というか玄関)の駐車場に止めてあった車で、板門店エリアを後にする。

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ギジョンドン村の周囲には、電流が流れるバリケードがあった。

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無事、板門店エリアから出られた(笑)

大満足っ☆


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さあ、開城に向かってGO!

(今日はハルオさんはお休みです)
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コメント

開城工業地帯を韓国企業は撤退すべきです。韓国は北朝鮮全国各地人民に食料援助物資や送金をしては絶対にいけません。北朝鮮全国各地人民に大量餓死者を特に首都平壌市内中心に大量餓死者を出せば必ず北朝鮮全国各地人民に憤りを覚えて大暴動が起き金正恩家族は逮捕され金政権は崩壊するでしょう。

chickトリッコ69さま
焼き肉「板門店」って渋いっ!
行ってみたいなぁ〜

軍ヲタは諸外国の現代史や歴史に詳しくないとなりませんので(笑)、北朝鮮側の説明は論破できるのであります。

板門店といえば、うちの実家の前にある焼肉屋しか知らないあたし・・・
今回大変勉強になりました。
こんだけの情報量をまとめるHarukovskyさんに脱帽だすw(゚o゚)w

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