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北朝鮮旅行2(丹東→平壌)

鳥ブログでもあるので、オカメインコのハルオちゃんから・・(笑)

窓越しにカラスをみて(ベランダの手すりに止まっていた)パニックに陥ったハルオさん。「うぎゃ〜」と発声して部屋中を飛び回り、ようやく着地したらこんなにゼーゼーしてました。小心者やのう。

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思いっきりヒョロとしちゃって・・

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普段はこんな感じなんだけど(笑)
すごい変化だ。


北京〜丹東は約1,100kmくらいあるが、かなり飛ばすので一晩で到着。

さて一夜あけて列車は、北朝鮮との国境の町・丹東に到着。いつの間にか丹東駅は超近代的になっていてビックリ。さては北朝鮮を意識しているな。

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ここで中国国鉄の車両を切り離し、丹東発平壌行きの硬臥車両(欧州で言うコンパーチメント、開放型寝台車で3段ベット)を1両、貨物車両を1両を連結する(機関車を含めて計5両)。

平義線(京義線)は日本統治時代に電化されていたため、今も電化されている(直流3000V)。そのため丹東駅で北朝鮮製と思われる「入換用電気機関車」を連結させる。電気機関車の電気は、水力発電・石炭火力発電で作られる。

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丹東駅到着後、車内で中国出国の手続きが行われる。

イミグレ係官がパスポートを回収、のち配布という簡単なシステム(荷物持ち出しチェックはなし)。これにかなり時間がかかるので乗客は、昭和の香り漂う車両をバックに記念撮影。パスポートが戻り終わると丹東駅からは、それなりに多くの客が乗り込んできた。

丹東駅から日本人青年O君が1名、軟臥車両に乗り込んできた。心強い!

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★後半に続く‥‥★
↓↓↓

どいつもこいつも胸に金日成のバッチを付け、どいつもこいつも大荷物を運び込む。車掌や列車保安員は車両の連結部分の隙間や車掌室に「これでもかぁ〜」ってくらいの荷物を詰め込んでいる。独力で稼がなければならないようで。

私達の個室寝台にバカみたいに大荷物を運ぶ客が乗ってきた。ちょっとの隙間に荷物を詰め込む。それでも荷物は入りきらず、奴のベットは荷物だらけになっていた。

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いよいよ出発って頃。北朝鮮の皆さんが金日成バッチ付きの服に着替え始めた。新義州駅到着はきちんとした服でなければならないらしい。バッジはかならず左胸の心臓の上につける。その理由は「24時間常に自分の心臓と共にバッジを鼓動させることによって、絶対的忠誠心を表すため」だそうな。

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※金日成バッジ(北朝鮮バッジ);平壌で合流したガイド兼通訳兼監視員は「バッジはひとり何個も持っていて、服装に合わせてつけています。身分証みたいなものですね」と言っていたが、実は違っていて、「バッジの型や肖像画で、与えられた時期/住んでいる地域/出身成分(地位&身分)なんかがワカル」そうで。

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(朝鮮労働党員バッジ;左上にシンボルマークの金槌と鎌と筆あり)

もっとも多いのが金日成の若き日の肖像バッジ、少ないのが金正日バッジ・・・だとか。

市販は一切なく、外国人がどうしても欲しければ「10回くらい北朝鮮を訪問して、何故バッジが欲しいかのエッセイを書けば、外国人用のものを授与されるようです」とのこと。平壌の万寿台創作社で制作しているそうで。
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丹東は遼寧省南部にあり、鴨緑江という河を隔てて《北朝鮮の新義州》と接している。1931年の満州事変後に満州国に組み込まれ《安東市》と改称、多くの日本企業が対岸の新義州とともに進出。丹東市内に日本人街が出来た。

鴨緑江は水運に使われ、満州国時代の1911年11月に《鴨緑江橋梁》、その約100m上流に1943年4月に《鴨緑江第二橋梁》という2本の大きな橋を(日本が)建設している。

1950〜1953年の朝鮮戦争では、《鴨緑江橋梁》は米軍B29の爆撃で一部破壊され、現在もそのまま放置されている。《鴨緑江第二橋梁》も爆撃されたがこちらは修復し、列車&自動車専用橋として使われ、現在は『中朝友誼橋』と呼ばれている。

中国側の丹東〜北朝鮮側の新義州を結ぶ国際列車は、《鴨緑江第二橋梁》改め、『中朝友誼橋』を渡る。新義州に向かって右側に破壊された《鴨緑江橋梁》を見ることが出来る。

・・・てことで定刻を10分遅れで、いよいよ北朝鮮(新義州駅)に向けて列車は動き出す。

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丹東駅から鴨緑江まで2分くらい。鴨緑江をゆっくりとしたスピードで進む。

新義州駅に入構するまでを動画で撮ってみた。
(途中のシャッター音はデジイチcamera撮影時の音)


4'37"

youtubeを見られない方はこちらの写真で。

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鴨緑江を渡る。隣のブッチ切れた橋が《鴨緑江橋梁》で、米軍B29の爆撃で一部破壊されたやつ。ちょうどここが国境線。

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北朝鮮側の河川敷。何か人が集まっているが定かではない。フォークダンスを踊っているようだ。北朝鮮では金日成主席が「フォークダンスは身体にいい」と言ってから、競って踊るようになったそうな。

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河川敷の堤防を越えた内側にある遊園地。相変わらず廃墟のまま。2005年に丹東から遊覧船で北朝鮮(新義州)に近づいた時も廃墟だったなぁ。

ついに・・・


朝鮮民主主義人民共和国に入国しました!


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新義州駅。

金日成将軍の肖像画が迎えてくれた・・

駅舎を隠すように停車している機関車付き車両は、ピカピカに磨きがかけられており、エアコンも別途付け加えられている。もしかして金正日(朝鮮労働党総書記/朝鮮人民軍最高司令官/共和国国防委員長)御用列車のひとつか?

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列車が駅に到着すると、各々のベットに検疫官っぽい人がやってきて、《新型インフル調査票》を配ったり、別の軍服を着た人が《入国カード》を配ったり、《税関申告書》を配ったりと、やけにいろんな人が乗り込んでくる。

新型インフル調査票と入国カードは問題なく、緑色のビザ用紙とパスポートを回収して降車していく。ビザ用紙にのみ入国スタンプを押して、パスポートとともに返還される。パスポートには入国スタンプが押されない。まるでイスラエルとか、キプロスのトルコ側(北キプロス)みたいだ。

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面倒だったのが税関申告書。

所持金とかは適当でいいんだけど、高性能な大型望遠レンズや高倍率な双眼鏡、書籍、GPSや携帯電話には厳しい。書籍は金日成・金正日親子や後継者の記事とか、どーやら北朝鮮の政治的な記事、美味しそうな食事写真などは御法度らしい。

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携帯電話は袋詰め。
出国時まで開封ならん!とのこと。

念には念をみたいな細かいチェックの仕方で、1人あたりえらく時間がかかる。これが3両分の乗客の荷物検査をやるもんだから、まー時間のかかること。

同室の北朝鮮レスリング代表選手が、北朝鮮のパスポートを見せてくれた。

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北朝鮮パスポートを持っているのに、北朝鮮出国時に出国伺いビザなるシールが貼られていた。許可制なんだねぇ。彼はエーゴは不可、中国語は独学でちょっとしか話せない。丹東駅から乗ってきた日本人青年O君が《指さし会話:北朝鮮》を持っていたので、意志の疎通を図る(笑)

北朝鮮独特の『主体思想/チュチェ思想』を熱く語っていたYO

※チュチェ思想;人間はあらゆるものの主人で、全てを決定する。人間は首領様(金日成主席)のご指導でのみ、革命と建設の主人公になれる。首領は頭であり、党は胴体であり、人民大衆は手足と同じ。

( ̄  ̄;)

暇なんで・・・でも車両からは降車できない。

車両内を歩き回り、めぼしいものを探す(笑)

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(この線路の先に、先程の中国が・・・)

線路は・・・枕木を止める犬釘・・・うねり・・こりゃ〜高速では走れませんな。ビルマの鉄道とよく似ている。

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やがてパスポート&ビザが戻ってくる間に、列車は《新義州駅発平壌駅行き》の車両をつなぐ。新義州駅ではわからなかったが新たに連結した車両は15両近くあったのではないか。すぐ隣の車両は食堂車だったが、この時は「外国人は不可」だそうな。

中国からの乗客のパスポート&ビザが戻されると、新義州駅から乗る客を乗せる。

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な、な、なん人、乗ってくるんだ?

駅員?が車両毎に客を誘導している様子。さすが国際列車が通る京義線(平義線)だけあって、乗客は見綺麗だった。沿線は外国人の目に晒されるから、建築物&沿線住民の身なりに北朝鮮当局は、相当気を使っているらしい。

庶民(平壌市以外の農村に住む人々)は、居住地から40km以上離れた場所(日本で言う県=道を超える時も)に行く場合、当局の『通行証』が必要。鉄道に乗るには身分証である『公民証』と『通行証』を添えて切符を買う。2002年から原則的には全席指定になったが、経済危機以降かなり減便されているため、色々な手段で切符を仕入れるそうだ。

新義州駅の到着から約3時間。

ようやく平壌に向けて列車は出発した・・・

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沿線は、長閑な農村といった感じ。

稲が緑から黄金色に変わる頃なので、彩りが美しい。植えている農作物は稲の他に、トウモロコシや粟、大豆。蕎麦や白菜、じゃが芋も見かけた。線路沿いや畦道にはコスモスが咲いていた。

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※北朝鮮の農業

山が多い北朝鮮では水田は全面積の3割にも満たず、残りは畑だが段々畑につくられたものが多い。政府は農民に《金日成農法》を押しつけた。

工場のように収穫量を増やすため、水田では大量の稲を間隔を狭めて植えたため土が痩せたし、畑でも栄養分を強力に吸収するトウモロコシ等を連作したために土が痩せた。その穴埋めに山林を開墾したが、保水力が著しく低下したために水害を招いた。

ソ連崩壊などによる経済危機で、農機具が使えなくなったり化学肥料の散布も激減した。収穫した農作物は全て集められ、配給と形で再配分される。党幹部や軍人に優先的に配給されるため、農民は自分でつくったものをほとんど食べられないという状況にある・・・そうな。

しかし国民は「親愛なる金正日さまのご指導の水田は、とても豊作です」と答える。

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動画を撮ってみた。
(農村の風景)


1'46"

(やや町の風景)

いづれも単調な景色が続く。

沿線の家々は、国際列車が通るという特殊性からか、伝統家屋の農家も立派だし、中層のマンションなんかも建ち並ぶ。興味深いモノはない。

腹が空いては戦はできぬ・・・

北京駅発平壌行きの軟臥車両には、中国国鉄同様、給湯器が付いている。なのでカップ麺を持ち込めば暖かい食事をとれるし、お茶も飲める。

食堂車は?

・・・と思ったら、新義州駅に長く停車していた時、「お弁当あります。1つ5ユーロです」と綺麗なネーチャンがセールスに来た。どんなもんか?と思って頼んでみた(2人分)。

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旨いっっ!!

どれもこれも旨いのだ。キムチは韓国のものに比べると、白菜以外の具材はないが独特の辛さが少なく奥深い味のような気がする。真カレイの唐揚げ、タラの煮付けも旨いっ☆炒め物も旨いっ☆

こりゃ〜料理は期待できますYO


・・・・ってな具合に、220キロを約10時間かけた旅は終わり、平壌駅1番線ホームに到着した。


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ホームは薄暗く、めちゃくちゃ幅広く(世界一の広さという噂)人でごった返している。

「平壌駅に迎えに来るガイドは何処におるんじゃ?」と思ったら、朝鮮の伝統的衣装であるチマチョゴリを来た若いネーチャンが、「○○さんですか?」と声をかけてきた。

え?

どーやってこの人混みから私達を見つけたの?


恐るべし、北朝鮮・・・・

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コメント

chickぺのさま
確かに田舎は日本の50年前の姿かも。ただ外国人が通過する線路沿線や道路の住宅は、宣伝用なのか田舎でも低〜中層ビルが建ち、身なりもこざっぱりしたものでした。平壌は選抜された人々が住むだけあって、さらにグレードアップ。中〜高層ビルのマンション群も壮観でしたよ。15年くらい前の中国がこんな感じでした。もっとも車の台数は驚くほど少ないし、電力事情は悪いのでエレベーターは・・・でしたけどね。

冒頭のハルオさんかわいい(笑
この差もおかめちゃんのかわいいところ(´д`*)

いつぞや誰かが北朝鮮は50年前の日本の姿と言っていたのを思い出しましたが、本当にそんな感じですね。
近代化っていう言葉が全然似合わない・・・。
観光客の目に触れる北朝鮮国民の管理統制っぷりなどゆるゆる風紀の日本では考えられないほど厳しいんでしょうね。
ニュースなどテレビでしか知ることが出来ない国なので、すごく勉強になります!
続きを楽しみにしています。

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