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太宰治&桜桃忌(心中事件現場)

作家の太宰治(1909〜1948/明治42〜昭和23)が、今日で生誕100年を迎えた。

昭和23年6月13日頃、太宰治は愛人のひとりだった山崎富栄さんとともに、三鷹市内の玉川上水で入水自殺を図った。(心中)遺体が発見された6月19日は、太宰治の39歳の誕生日だった。

太宰治は自殺願望が強く、21歳から38歳まで自殺未遂は4回行い(1度目の心中では愛人が死亡)、5度目で成功した・・・。

・・・というわけで、昼過ぎに「遺体発見現場」に行ってみた。

実は、我が家から徒歩○○分の場所にあります。

P1100563


玉川上水の「新橋」から下流に約10m(東京都三鷹市牟礼4丁目の明星学園高校が目印)の地点。

今日は、桜桃忌&太宰治生誕100年記念ということで、線香でもあげている人がいるかと思いきや、忘れ去られているようで、なーんもない。現場付近は草茫々で気にとめて行く人もなかったような(手を合わせました。合掌)。

P1100566

当時の新聞報道によれば、太宰治は山崎富栄さんと共に赤い紐で結ばれ、折り重なった状態で、川底の棒杭に引っかかっていたそうだ。近所のヒトの応援で引き上げた遺体は、出版社(新潮社)の人たちによって紐を切られ、太宰治のみ遺体を棺に入れて早々に撤収。山崎さんは道端に昼頃まで放置されていたらしい。

玉川上水は天然の川ではなく、江戸時代に江戸の飲料水不足を解消するため多摩川から水を引く掘削工事で出来た人口の川(1653年に完成)。

今でこそ、小川のような玉川上水だが、当時は自殺の名所になるくらい水深もあり流れも速かった(雨が降ればおよそ川幅最大4m/深さは通常2m。昭和23年度の入水自殺者は太宰で16人目!)。しかも約300年を経た玉川上水は、川底には無数の穴があるため、遺体は見つからないことも少なくなかったようで。

太宰治の正妻(2度目の嫁)が、山崎さん宅で遺書を発見。三鷹警察署に捜索願を出したため、世間に心中が知れ渡る。太宰治信奉者が中心に捜索を開始。三鷹警察署は玉川上水の水門を毎日5時間ほど閉めて捜索。結果、19日午前6時50分に通行人によって発見された。

死因は水死だが、太宰治は苦しんだ様子がないので、仮死状態のまま入水したとの説もある(山崎さんは溺死特有の苦しんだ顔だったそうだ)。

そうそう、山崎さんの遺書はなんと太宰治の「正妻」宛!!

「修治さんはお弱いかたなので、貴女やわたしやその他の人達にまでおつくし出来ないのです。わたしは修治さんが、好きなのでご一緒に死にます」

この山崎さんだが、太宰治の女性関係にはかなり悩んだようで、心中する1年前位から太宰治との関係がうまくいかなくなり、半年前に別の愛人(太田静子さん)が女児を産んだことに激しいショックを受けていたとか。「捨てられる」ことを恐れながら、太宰治の他の愛人や正妻に嫉妬したそうで。

このような経緯と死に顔から、この心中は、実は山崎さんの「無理心中」とみる説もあるが、真相はわからず(狂言心中失敗説等々)。

正妻は、山崎さんの「骨の一部でもいいから一緒に埋めてほしい」という富栄の願いを叶えず。

ちなみに太宰治が山崎さんを口説いたときの文句
「死ぬ気で恋愛してみないか」

・・・・・言われてみたい(´▽`)


P1100564

遺体が発見された玉川上水新橋の更に下流。
(太宰治の桐コマ下駄と、山崎さんの赤緑斜め縞の緒の下駄が片方ずつ、ここを流れた)

P1100561

現在の玉川上水。
(井の頭公園の西園付近;万助橋の下流)

太宰治の《乞食学生》によれば、当時の玉川上水は・・・

P1100572

「四月なかば、ひるごろの事である。頭を挙げて見ると、玉川上水は深くゆるゆると流れて、両岸の桜は、もう葉桜になっていて真青に茂り合い、青い枝葉が両側から覆いかぶさり、青葉のトンネルのようである」

Tamagawa03b

太宰治が散歩した玉川上水は、今では川幅や水の量こそ違うけど、井の頭公園の西園にある【万助橋】から久我山までの、現在の玉川上水とそれなりに似た景色だったかもしれない。

P1100561_2


遺体発見場所があまりにも何もなかったので、《入水地点》に行ってみた。

こちらはJR三鷹駅南口から近く、太宰治ゆかりの家や商店などが点在していることから、きちんと整備されている。入水場所を示す目印「玉鹿石&記念碑」では、NHKがロケをやっていた。

P1100578

P1100576
(木村綾子さん、というひとらしい)

ちなみに入水地点は・・・

P1100593

あじさいが咲き乱れていました。


太宰治の墓がある禅林寺では、桜桃忌の催し物があるみたいだけど、今回は割愛(禅林寺付近はよく通るので時折墓参りしていますから)。

折角、三鷹駅まで来たので安売りスーパーの「オオゼキ」に行く。店舗のすぐ近くに《三鷹市観光協会》があった。玄関先では「太宰グッズ」の販売や、太宰治が着ていたのと同じようなマントがあり、記念撮影も出来るとか。

事務所をのぞけばテレビカメラが・・・

P1100584

P1100585


太宰治は、昭和14年から東京都三鷹市に住み始めたため、三鷹駅周辺は太宰治ゆかりのポイントが多い。大勢の太宰マニアが地図とカメラを持ってウロウロしてマシタ。

以上、現場より報告終わり。


P1100436

午前中こそ、ハハ(私)と遊んでもらったハルオさん。午後は《太宰治ゆかりの地点めぐり》をしていて放置。帰宅後、ハルオさんを放鳥したら、逆さまになって・・・

「何か、文句ありそうですね、ハルオさん・・・」
(すんません)


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コメント

玉川上水のお写真、楽しませていただきました。
当時とはだいぶちがうのですね。
私も比較的近いのですが近年の様子は見たことがなかったので、興味深く拝読しました。
ちなみに、現在では山崎富栄さんの無理心中説というのは否定されています。
というのも、当時遺体検死時に同席していた井伏鱒二や評論家の亀井氏などが、それぞれの事情から数年後に虚偽の証言をしていたことが知られるようになったり、また、近年出版された松本松本侑子著「恋の蛍 太宰治と山崎富栄」などの小説風取材記などの影響もあるようです。ぜひご一読を。

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