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この《ぴよぴよ三兄妹☆親ばか日記》ですが・・・
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ブログの更新を滞っているうち、バリ島(会議)、そして夏休み第1弾はドイツ&スイスに行っていました。
夏休み第1弾は私達にとっては実にありきたりの場所でしたが、まあまあ良かったです。ただでなくても物価の高いスイスが、よりによって通貨スイスフランが最高値と、食事の選択肢の狭さがなければ・・・w
それはともかく、帰国後の家のリフォーム工事も終わり、「私の10月から始まる怒濤の海外出張の前に、フーフで南の島にでも行くか」と、まあ・・蟻とキリギリスの話の、キリギリスみたいな家です、我が家は(苦笑)
ってなわけで本日、可愛い息子(ハルオ)と娘(みどり)は、またいつもの“ホテル”へ。
■
行く前に、特に態度の悪いみどりさんの機嫌を取ってみる。
大好きなシードと・・・

大好きな小松菜をあげて・・・

だまし討ちのようにケージに入れて、車の後部座席へ。
「ママ(私)の顔が見られれば幸せ」なハルオさんは助手席に。

■
到着。
文句ありありのハルオ、奥にはみどりの刺すような視線が・・・

(みどりさんは物陰から睨み付けています、怖いので写真撮れず)
すまん・・・
息子・娘よ・・・
ママ(とパパ)は5日後に帰国して、翌日に迎えにいきますよ。
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アカオさんの件で、いろいろ心配して下さり、ありがとうございました。眼下にある墓を眺めつつ、虹の橋を渡ったアカオさんを思い出したりしています。
さて、マイペースの(サザナミインコ)みどりさんにビビリまくる(オカメインコ)ハルオですが・・・
ようやくこの距離までビビらずに接することができました(苦笑)。
ハルオさんは皇子なのに食い意地がはっているので、大好物のシードを食べられるとあれば、(凶暴な)みどりさんと共存する!と、その弱い心に鞭打って・・みたいな近寄り方でしたけどね。

みどりさんの方も、自分の縄張りに私が手を入れると、吃驚するくらいぎゃぴ〜ぎゃぎゃ〜と吠えながら突っかかってくるけど、ハルオ=インコ・オウム族として容認した模様。
この頃のみどりさんは、他人(ハルオ)んちに無断進入して寛ぐのが日課となっている。

(「なんとかしてください」ビーム発信中!)
さすがにコレにはまだ慣れないようで。
食べるペレットも同じなので共存してくれると、ハハ(私)はありがたいのですが。
アカオさんの件やら、出張やら休暇旅行やら、物置部屋のリフォームであまり遊んであげられなかったためか、特にハルオさんのベタベタっぷりがすごい。

ハルオさんもみどりさんも換羽中で、部屋に羽根や脂粉が舞いまくってマス!
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我が家のお嬢さん(サザナミインコ;みどりさん)に「お婿さんを迎えよう」と思い立ったのが、今年の5月19日のこと。

次は「コバルトがいいなぁ」と思っているものの、こんぱまるさん他、コバルト♂の雛が品薄状態。
そんな時、にほんブログ村のオカメインコの《鳥ブログ >サザナミインコ》にランキングされていた【○○○○○○○どっとこむ】のHPには吃驚するくらいの数の雛がいて、コバルトも予約受け付け中になっている。SpangleBlue某・・というブリーダーが多く出品しているようだ。
メール等で話はトントンと纏まり、「ひとり餌になったら引き渡し」までは早かった。決まった子はSpangleBlue某から送られてくるそうだ。

「オリジナル血統書をつくるので、(雛の)名前を教えてください」と言われ、オットとあれこれ考えて名前を決めて伝えたりもした。
時々、みどりさんに「ほら、みどりちゃんの若い婿さんの△△△だよ〜」って、その雛の写真をみせたりしていた。

先方からは「現在、挿し餌1日3回の仔です。挿し餌が終わり、一人餌切り替えまでは、個体差(早い仔、遅い仔)があり、現時点では、約1ヶ月ほど先としか申し上げられませんことをご了承ください」
と言われていたので、遅くても7月中旬までにはお迎え出来るだろうと、2羽用のケージを買ったり、色々準備を整えたりしたが、6月13日のメールを最後に音信不通になる。
さすがに不安になり、8月4日と6日に「お迎えできる日をおおよそで結構ですのでお教えいただけませんでしょうか」とメールすると、驚くことにッ!
客様ご予約の△△△に関しましても、他のお客様ご予約の10羽と一緒に当方に到着する予定でご ざいましたが、本日現在、発送スケジュールを確認致しておりますが、お返事を頂けない状況でございます。当方と致しましては、ご予約頂いておりますサザナミインコに関しましては、早急にお送り頂きたいと(SpangleBlue某:ブリーダー)にお願いをする以外に方法がございません。
との電話とメールが。。。
さらに・・・
(SpangleBlue某に)何とかご予約のお客様のサザナミインコを送って頂け無いかとお願いをして参りましたが、お答えはNoとのことで、当方と致しましては、手も足も出ない状況でございます。 本日より、ご予約のお客様(10数名)に1件1件お電話にて、ご説明差し上げて、ご返金(当社にて弁済)をさせて頂いたり、キャンセル頂いたり、代わりの仔をご予約頂いたりとの状況でございます。
・・・つまり、ブリーダーのSpangleBlue某と○○○○○○○どっとこむとの間で、何らかのトラブルが生じて、ブリーダーさんが「予約済みの客のことを考えずに、一方的に契約を破棄した」ということのようで。
ふ、ふ、ふざけた話でしょ?
予め、名前まで付けさせておいて、肝心のブリーダーからの詫びとか一切無し。それどころか自身のブログでは「私は被害者」と弁明していましたもの。なーんの落ち度もない客に詫びたのは、ブログのコメント欄に非難が集中してから。
百歩譲っても、名前まで付けた子は今後どうなっちゃうのでしょうかねぇ。ちょっと情が移ってしまっているんですけど。(噂では)SpangleBlue某は「無許可のブリーダー」なので、引き渡ししたくても有償は無理とか。
そんな訳で、みどりさんのお婿さん探しは振り出しに・・・。
なんだかなぁ・・・( ̄m ̄* )
■
まもなく3歳になる息子(オカメインコ;ハルオさん)に「お嫁さん」と思っているけど、同じクリア・パイドの女の子がみつからないので棚上げ状態。
もっとも本人は「自分大好き☆」だし、思いっきりビビリなので、嫁を迎えるほど精神力はないようで(笑)

Well, I guess I have to give you a hug.....
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首都ミンスクから北へ60km程上がったところ。
1943年にナチス・ドイツが大虐殺を行ったカトゥン村近くの村落を訪れてみた。道路は未舗装、(雪の多い旧ソ連圏の典型的な)農村の伝統的な家屋が建ち並ぶ村だった。

(電柱設置)





このオッサンは元船乗りで、北海道や新潟・石川に行ったことがあるらしい(かなーりの酔っぱらいだったので、推測も含む)。手にしているのはウォッカ。





電気は通っている(停電多し)。
主要燃料は薪。





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ミンスクの大動脈ネザレージナスツィ通りの1本南東側に、キーロフ通り(革命通り)がある。
ナチス・ドイツに破壊される前のミンスクの面影が残っているとか。

(ミンスク駅より眺める)

この通り沿いには、数軒の(まあまあ)美味しい地元密着型レストラン&パブがある。

■
オクチャブリ広場(十月広場)からスヴィスラチ河を300mくらい北へ上がったところに、トラヤツカヤ旧市街地区がある。
これは戦前の商家などの街並みを復元したもの。(規模はショボイ)


窓が3つで統一されているので、これは戦前は多く住んでいたユダヤ人(ユダヤ教徒)の家だったかもしれない。ユダヤ教カライ派教徒の家や宗教施設は、いずれも通りに面している部分に、平行に配置した《3つの窓》がある。

※1939年、ナチドイツ内務省は「カライ派をユダヤ人としない」と決定。カライメ族は、ナチスドイツからの迫害(ホロコースト)から免れた。
■
自由広場(かつての大聖堂広場)。スヴィスラチ河の南のなだらかな丘がヴェルフニー・ゴーラド地区。旧市庁舎やいくつかの教会が建つ。
ベラルーシ正教会の総本山の聖霊主教座聖堂。
1642年にローマ・カトリックの教会として建てられたが、1852年にロシア正教の教会になった。「ミンスクの聖母」と呼ばれるイコンは、奇跡を起こすイコンとして有名(ウクライナはキエフに流れるドニエプル川に捨てられたが、川を遡ってミンスクに着いたそうだ)。


聖霊教会(Church of the Holy Spirit)

旧市庁舎

自由広場が隣接する大きな通りはレーニン通り。ネザレージナスツィ通りまでの200mに、西欧並みの重厚な歴史的建築物が建ち並ぶ。

■
ミンスク市の外れにあるガソリンスタンド。


セルフサービスで、代金はこのキオスクスタンドで払う(前払い)。キオスクなので日用雑貨も扱う。薪の着火材とかもある。

コーヒーは自販機で(韓国製)。

で、ガソリン代金だが、ベラルーシ・ルーブルだけではなく、ロシア・ルーブル、ユーロ、アメリカ・ドルでも支払える。ガソリン価格を示す表示板も1分ごとに、使える通貨で表示されている(それだけ出稼ぎに行く人が多い)。クレジットカードはあまり使えない。

(ベラルーシ・ルーブル表示)

(ロシア・ルーブル表示)

(アメリカ・ドル表示)

(ユーロ表示)
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ベラルーシ共和国の首都ミンスク。
10世紀頃、ポロツク公国(東スラブ人の国)の要塞として、スヴィスロチ川右岸の小高い丘に築かれ、それが街として発展していった(スヴィスロチ川→ベレジナ川→ドニエプル川と流れていく)。
その後、ミンスク公国の首都になり(1101年)、キエフ公国に併合されたものの再独立。その後はポーランドやリトアニアなどとの度重なる紛争の舞台になるものの自治は保っていた。だが1793年(第2回ポーランド分割)で、ミンスクはロシアに併合されてしまう(その後、一時期だけフランス軍にも占領された)。
19世紀に入るとミンスクは都市機能が整備される。モスクワ、ブレスト、ワルシャワ、ウクライナ方面への鉄道はミンスクを分岐点とした。当時の人口の半数近くがユダヤ人だったと言う。
第一次世界大戦では、ロシア陸軍の前線基地が置かれたため損害を被る。ブレスト=リトフスク条約でドイツ帝国の軍勢が進駐してベラルーシ人民共和国が宣言されたものの、(ソビエトの)赤軍が侵攻して、ソ連主導の《白ロシア・ソビエト社会主義共和国》として宣言する。
第二次世界大戦では、ナチス・ドイツによるバルバロッサ作戦で、初日にしてミンスクは激しい空爆を受けてドイツ国防軍に占領される。ユダヤ人撲滅計画でユダヤ人は激減し、ミンスクを含む一帯がソビエトのパルチザンの拠点となったため、市街はほぼ完全に破壊された(ミンスク市の80%の住宅とほぼ全ての商業・工業・政府機関)。
第二次世界大戦後、スターリン様式の都市計画により無機質な建築が建てられて急速に復興する(残っていた教会などは、ソビエト政府の命令で爆破された)。農村から多くの人々がミンスクに移住したため急激に膨張した。
27の劇場、130の博物館、4800の図書館、4000ほどの文化館とクラブ、3000ほどの映画館と上映地、27の文化公園、二つのサーカス劇場がある。
物理、数学、原子エネルギー、歴史と哲学などの100以上の研究機関、及びベラルーシ大学、工学院、国民経済学院、師範学院と医学学院などの14の高等学院、170以上の普通教育学校があり、ミンスクはさらに新しい技術工業園区を建設している。
ベラルーシの経済は「ソ連型社会主義市場経済」。巧みな外交術・経済政策で順調だったが、2010年12月頃からベラルーシ国内は極度の経済危機に陥る。一部市民はSNSなどでの呼びかけで、ルカシェンコ政権への抗議運動が始まっている(治安当局はデモ隊の徹底した弾圧を実行中)。
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スカリーナ大通り(旧レーニン大通り)
ソ連邦解体後、ベラルーシの作家で詩人フランチェスカ・スカリーナの名前を取って改名された大通り。総長11km、幅48〜70m、ミンスク市内の東北から西南まで横断する主要交通道路。ミンスク駅〜スヴィスラチ河川までの街道沿い(3〜4km)の建築の大部分は、第二次世界大戦後に建て直したもの。
出発(南西)はミンスク駅近くのネザレージナスツィ広場(独立広場)から。
政府庁舎(Belarusian Governmentビル等)やベラルーシ国立大学、聖シモン・聖エレーナ教会(カトリック)に囲まれただだっ広い空間。7月3日の独立記念日にはここで軍事パレードが行われるそうな。この広場の地下は近代的なショッピングセンターになってる。


こちらが聖シモン・聖エレーナ教会(カトリック)。ゴジック+バロック様式の教会だが、ガイド本通り、内部はシンプル。1910年、地元貴族が夭折した2人の子供のために建設したそうな。

ネザレージナスツィ広場で目立つのは、スローガン付きビルと、Belarusian Governmentビル前にある巨大なレーニン像。


恐ろしく人通りのない広場だった。因みにレーニン像を撮影したり、しげしげと見ているとどことなく銃装備した複数の兵士が尋問しにやってきた(焦った)。


KGBの建物もこの通り沿いにある。ここでいうKGBとは諜報、防諜、犯罪捜査、政府通信の組織を担当する旧ソ連国家保安委員会 (KGB) の後継機関。ベラルーシ国家保安委員会(Камітэт Дзяржаўнай Бяспекі;略称КДБ)のこと。公式ホームページでは"KGB (State Security Agency) of the Republic of Belarus"と書かれている。
主な仕事は、大統領ルカシェンコの独裁体制を維持させること(な〜んて言われている)。なわけで、ベラルーシは旧ソ連圏の中でも治安が良いことで有名。

(KGB)
ここいらの建物は再建したものなので、裏に回ると普通な感じ。


だだっ広いオクチャブリ広場(十月広場;長さ225m×幅175m)は全く活気がないが・・・

なお、ベラルーシでは公共の場所(屋外限定)でのアルコールを飲むのは禁止されている。
ここが最も賑わう場所は、この広場の南西側。
レストラン数軒の他、マクドナルド(1号店)やグム百貨店がある。


グム百貨店(Gum)
旧ソ連でよくみかける国営百貨店。百貨店という名前の通り、駄菓子から工具や服飾、DVD、時計貴金属や電化製品など様々なものを扱っていた。建物だけは重厚だ。




オクチャブリ広場の通りを挟んだ側には・・・

大統領府もある。
四隅に兵士がいるだけだが、写真を撮っていると、何処からか身なりの良さそうなSPみたいな(私服の)英語使いが現れて「写真、ダメね」と言われた。

(国章は、鎌とハンマーがあしらわれている白ロシア・ソビエト社会主義共和国のまま)
ベラルーシ共和国大統領ルカシェンコは(欧州に言わせれば)「欧州最後の独裁者」と言われる。
憲法を改正して大統領権限を強化。大統領3選禁止規定を撤廃(選挙監視団の入国も拒否;現在は4選)。メディアを政府管理下に置き、反対派運動は弾圧され、支持団体の銀行口座等を凍結などなど・・・
ロシアも見放した「ソ連イズム;ソ連の復活」を推進。ロシア語化政策を強化およびベラルーシ語の迫害政策を敷く。1999年12月、ベラルーシ・ロシア連合国家創設条約に調印したものの、ロシアによる事実上のベラルーシ併合発言に反発。両国の統合構想は行き詰り、ロシアとの関係は良好とは言えない。
経済は極度に落ち込んでいるため、ルカシェンコ大統領は崖っぷちの状況に陥っている。
そんな中・・・
2011年04月12日の夕方のラッシュ時間、地下鉄オクチャブリスカヤ駅のホームで爆発事件がおきる。この駅はオクチャブリ広場の最寄り駅であり、大統領府も近い。またミンスクの2路線ある地下鉄が交差している(もうひとつの駅はクパロフスカヤ駅でつながっている)。

(大統領府側からオクチャブリ広場方向:地下鉄の入口。事件で一部閉鎖中)
「テロ事件」として捜査開始。防犯カメラに犯行の一部始終が映っていたことから、ベラルーシ内務省特務部隊アルマス(ダイヤモンド)が当日深夜に容疑者3人を拘束した。いづれもベラルーシ国内に住むベラルーシ人(前科ナシ)。過去の独立記念日爆発事件、ヴィテプクス爆発事件への関与についても供述しているとか。13人死亡、約200人が重軽傷という大惨事になった。
スヴィスラチ河を超えて、勝利広場を過ぎてそのまま北東に進むと、旧ソ時代の無機質な建物がつづく。学校や研究所が目につく。
この奇抜な建物は国立図書館。2002年7月、ルカシェンコ大統領が取り壊し→新築を命令したとか。ほぼ毎夜、様々なデザインのLEDイルミネーションで輝くらしい。

(22階建て:地上73mに展望台がある)
■
我々が泊まったホテルは、スヴィスラチ河沿いの韓国大使館が入居する複合ビルだった。周囲は高層住宅街。このあたり無機質で面白みがない。こんな団地が延々とつづく。


スヴィスラチ河川敷は緑豊か。

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我が家の娘:みどりさん(サザナミインコ)。
本日の午後、室内で行方不明になり・・・・
大捜索の結果、カーテンのヒダに埋もれていましたw
「みどりちゃ〜ん」って呼んでも鳴かないから、彼女は捜索は大変なのであります。放鳥中のこの方(↓)に聞いても知らんぷりだし。
このオカメインコのハルオさん。自分大好き&自分命なので、母をみるやいなやカキカキを要求する空気の読めなさっぷり。

(霧吹きの水浴びでご満悦中のハルオさん)
でも何十回か呼んで、やーーーっと小さく「ちゅん☆」と鳴いたので、集中的に捜索して発見に至った次第。
みどりさんは幼鳥時に風切り羽を深く切られてしまったため、まもなく1歳になる現在もほとんど飛べない。バサバサ〜ドッスン!と着陸して、床をテケテケ歩いています。だから捜索も「みどりちゃんを踏まないように」と細心の注意を払いながら・・・
発見してすぐケージに入れたらよっぽど腹が減っていたとみえて、ペレットをがっつり食べていました(笑)

(満腹のみどりさん)
ひと安心☆
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May the days that will begin be filled with happiness.
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アカオさんが(涙)1・・・からのつづきです。
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ネブライザーをやる前に体重を量り、

ネブライザーをして、その噴霧の薬を洗うべく水浴びをさせて、

タオルで余分な水分を取り、

(ドライヤーの)常温の風でサッと乾かす。


こんな毎日でした。
■
小松菜が何より好きだったアカオさん。

これが生前の最後の写真でした。
■
8月4日の朝、サザナミインコのみどりちゃんが鋭い鳴き方をしたため、「どーしたの?みどりちゃん?」とケージに近づいて、アカオさんが亡くなったのが気がついた次第。

ここ1〜2ヶ月は肝臓もやられていたようで、赤い羽根が黄疸の黄色で覆われつつあり・・でした。
生き返るかもしれないと思い、温めたりもしましたが、嘴がどんどんドス黒くなり、身体も硬くなってきたので断念。。。。
小さい身体で本当に頑張ったアカオさん。
我が家に来て5年目のことでした。
■
綺麗な紙製の箱を棺に見立て、アカオさんがいつもみていたベランダの花を入れました。みんなの羽根も入れました。大好きなカナリアシードもたっぷり入れました。アカオさんへの手紙も入れました。

アカオさんが窓からいつもみていた公園の一画に、(猫が荒らさないよう深く)穴を掘って埋葬しました。


安らかに眠ってください。
いままでどうもありがとう!
でも、でも、でも、お別れは辛いです・・・
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Living today has the true meaning.
A person who is always full of smiles is what I want to be.
I will live strongly!
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ご無沙汰しっぱなしでした。
色々バタバタしておりまして、ブログを放置していました。
すいません・・
かねてより病気(自宅)療養中の赤カナリアのアカオさん。
8月4日の朝・・・
亡くなってしまいました。
数日前から具合が悪そうだったけど、止まり木には止まっていたし餌は食べていました。4日の朝もケージにかけていた布を取ったときも普通にしていました。
でも
でも
1時間後にみたらケージの隅にうずくまって亡くなっていました。
何を書いたらいいのかわからず、いろんなところに淋しさを感じてしまい、約一ヶ月が経ってしまいました。
■
アカオちゃんは《昔ながらの小鳥屋》で冷遇されていた子でした。糞まみれのケージの隅っこでジーッとしていた子です。小鳥屋のオジチャンは「生後1年」と言っていたけど、のちに獣医が言うには「どーみても(買った時は)5〜6歳ね」と。
我が家に来てしばらくすると元気になり、鳴きローラカナリアのロロさんと共に素晴らしい鳴き声を披露。伯母がまだ自宅療養していた頃、寂しかろう・・と、出張サービスにも出ていました。
伯母が亡くなり、伯父が有料老人ホームへ移った一昨年の冬からは、ひとり暮らしの母を癒やすため、私が「海外にいる合間に預かる」という形態で行き来が始まりました(その後、常駐)。
今度はカナリーズ&羽衣セキセイの正男さんという賑やかな所帯。母はカナリーズのケージの扉を常に開いていたため、羽衣セキセイの正男ちゃんがよく遊びに行っていました。

カナリーズはよく喧嘩していましたねぇ。鳴きローラカナリアのロロさんの方が強かったけど、果敢にアタックしていました(負けるけど)。

(3羽の共同生活?)
アカオさんは羽衣セキセイの正男さんと仲が良く、よくチュッチュしていたなぁ。

雄同士なのでホモだち☆
■
そんなアカオさんでしたが、昨年の春頃から鳴かなくなり羽を膨らましていたようです。でも食欲だけはガッツリあったのでさほど心配はしていなかったのですが・・・。
今年の1月、食欲も落ちてきたので我が家で引き取りました。アカオさんからはヒューヒューの音が聞こえるので、我が家のかかりつけの鳥専門病院に連れて行きました。
触診では「呼吸器系に重篤な問題が・・・」ということ。原因がわからないので念のため、CHL(オウム病)の検査もしました(結果は陰性)。通院時にネブライザーを使っての経口吸入治療、他に飲み薬も。7ヶ月間にわたる闘病生活が始まりました。
毎日ないし一日おきの通院が結構大変だったので、ヤフオクでネブライザーの機械を買い、自宅で治療することになりました。

春になり暖かくなるとアカオさんの調子は良くなってきて、弱い声だけどカナリアらしい鳴き声も披露するまでに回復しました!

新しく加わったサザナミインコのみどりちゃんはアカオさんが気に入ったようで、放鳥してもアカオさんのケージに貼り付くことが多かったです。

(つづく)
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